欠落物件



 昨今は買い物であれば郊外の大型店やらスーパーやらへ行くことが多くなって,地元の商店街へはあんまり行かなかったりするんでした。そうするとどうしてもかつての商店街というのは寂しくなってしまうわけでした。

 時代の波の中で変わっていくのが街というものであって,我々が懐かしむ町並みというのもたかだか数十年の歴史であるものが多いわけで,それが今になってさらに変わっていくというのはある程度しょうがないわけであります。
 しかし,それを単に「しょうがない」で済ませるにはちょっと惜しい,と考えてしまうのもそれはまたしょうがないことだったりするんでした。

 そんなわけで,上の写真は二軒並んだ古い商店の写真であります。看板建築的な前面と歩道上に長く伸ばしたヒサシは,いかにも古くからある風情の建物であります。

 この二軒ともすでに商店としての営業はしていないのか,前面の商店名は一文字ずつ欠けていて「ウヤマタイプ」的にもなっているんでした。
(※ウヤマタイプ:「とる物件」等参照)


 左側のこちらは「○吹商店」さんであります。「○吹」というのが名字であって,これをウヤマタイプとして見るならば,次の経営者の名前を「○吹」さんと限定しているかのようであります。
 何かこだわりがあるんでありましょうか。矢吹さんとか笛吹さんとか山吹さんとかは経営に立候補してみてはいかがでありましょうか。

 あるいはそうではなくこの商店はもともと「穴吹商店」さんであって,空白は実は「穴」を表現しているという絵解きのカンバンだったりするんでありましょうか。しないか。


 右側は「保苅○店」さんであります。こちらはさらにウヤマタイプ的であって,一文字で書けるならどんな商売でも大丈夫そうであります。

 ホントはこのお店はまだ営業中で,スポーツドリンクを専門に扱うお店なのかもしれないでありますね。戦時中は英語を使用できなかったので「ポカリスエット」を「保苅」と書いていたのかもしれないんでした。
 戦時中からポカリスエットがあったかどうか知りませんが。いや考えなくてもわかりそうですが。

 あるいはここはお店でも何でもなく,商店街の中で「ポッカリ穴があいている店」ということなのかもしれないんでした。しれなくないですね。

 実は上の写真を撮ったのは夏(09年7月)だったわけですけれども,その後また通ってみると「保苅○店」のカンバンは無くなっていたんでした。
 私が街を歩き出してからよく通っていた町並みでありますけれども,やはりどんどん変化していっているわけであります。


 こちらはおそらく「駐車禁止」と「ここにフンをさせるな」ということであろうと思われるわけですけれども,どちらも肝心な部分が欠けているようなんでした。

 まぁ駐車の方は絵からしても駐車禁止なんでしょうけれども,車の絵が割と高級車っぽいので「高級車のみ駐車禁止」とか「高級車への乗車禁止」ということだったりするのかもしれないでありますね。
 ビンボ人のひがみでありましょうか。あるいはそういう車に乗りがちな「暴力行為を生業とする方たち」の駐車を婉曲にお断りしていたりするんでありましょうか。

「ここに○○をさせるな」はもう何でもありのような気がしますけれども,この○○に不自然なく入れられる言葉というのは実はあんまり多くないような気もするでありますね。
 それを見越して,フンとか小便とか汚い言葉を使わずにそれを表現するという,実は高度なテクニックを使ったカンバンだったりするんでありましょうか。しないか。


 こちらはおなじみの「世界人類が平和でありますように」というカンバンであろうと思われるんでした。
 しかしその上の部分がなくなって「でありますように」だけになってしまっていて,ある意味オールマイティなお祈りカンバンになっているんでした。いったい何を願っているんでありましょうか。

 これは実はこっそり神様が設置した「望みかなえボード」なのかもしれないでありますね。この上に何か願い事を書くとそれがかなってしまうという,ドラえもんのアイテム的なカンバン。何か切実な願いのある人は,書いてみるといいかもしれないんでした。

 あるいは,下のカンバンにある新製品のタバコが「味わい1mg」でありますように,という願望を書いているのかもしれないんでした。しれなくないか。

「○吹商店保苅○店」は新潟市中央区・上大川前通11あたり。
「○○をさせるな」は新潟市中央区・東堀前通10あたり。
「でありますように」は新潟市中央区・日の出1あたり。