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☆☆☆ 話  題 ☆☆☆101/05.11
「有為のおくゆまけふこえて」とありますが、いろは歌は古い歌です。
「唯仏是真」と聖徳太子の言葉があります。
この「唯仏是真」という言葉を、改めて仏教徒たちの合言葉にしたいものです。
「有為」の分厚な歴史に覆われて、私たちは一喜一憂しています。
日本だけの伝承ですが、私たち日本人は正しく求めるものを識っていました。
それが今では、全くの支離滅裂。
宗教は、世間に在りながら世を超えています。
それは世に適応するものではないのです。
ただし、どんな世をも貫く運動(行)なのです。
そういう大道を、一人から一人へと囁いてゆきたいものです。
南無阿弥陀仏が称名だというのは、誰もが行じられるということですが…。
念仏において、今こそその世界性を発揮しあいたいものです。
手始めに、お隣の韓国や中国の有意の人たちと語り合えたらと思います。
でなくとも、そういうアジアの国々の若者を仏教関係の大学で学んでもらいたい。
そのために、皆でもそういう資金(ファンド)を設立したいものです。
そんなことを近ごろ考えています。
長い時間をかけて、本願の大道に呼応したいものです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆102/05.12
七月の初めに、韓国に行く事ができました。
お隣の国にしては、随分ご無沙汰していた国のように感じました。
韓国の農業が生き生きとしていました。
減反をしているような阿呆な国とは、随分違っています。
海印寺の八万大蔵経には、驚きました。
お堂は立派なのですが、版木を積んだ棚が地べたに接しているのです。
あれで何百年も、よく保存されていたものだと…。
そして、秀吉の侵略戦争に、今更のように武人の愚かさを知りました。
農業が生きていて、平和を叫ぶ人達の心を…。
日本の歴代の首相たちは、ことさらに踏みにじっています。
金権政治と呼ばれてきて、未だに一顧の反省もない政治。
莫大な借財を、まだ重ねようとする愚か者のはてしない彷徨。
痛切に日本の政治の愚劣さを思ったことです。
娑婆は浮世であり、折り合いをつけただけの世界ですが…、
そこに生きる人間は、誰だって世を超えた尊厳を持つものなのに。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆103/06.01
韓国の慶州は、古墳の町でした。
日本の考古学を学ぶ者だったら、必ず訪れる古都です。
新羅は、常に日本の文化に先んじていたものでした。
天馬塚という古墳に入れるのですが、高松塚に匹敵するものです。
ざっと千三百年の昔にタイムスリップします。
古都のたたずまいは、さすがに優雅なものを感じました。
仏国寺では、新羅時代の仏教文化を偲びます。
ガイドさんの説明では、国民の半分くらいの人が仏教徒だとか。
ただ、少ない人数のお坊さんたちが、ちゃんと行事をしています。
黙っていないで、一緒に仏道を学べたらとも思います。
現代とは、皮相的にデジタルな生活が優先します。
が、アナログの人生の深みを、きちんと確保したいと思います。
ブッダが、韓国でも「今現在説法」しておられます。
如来の大行が、現代を貫いているというのにです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆104/06.02
曽我量深先生の著述と、安田理深先生の思索ノート。
實に緊密に呼応しあっています。
晩年の曽我先生は、一時は安田先生を遠ざけられたことがあるのですが…。
曽我先生の第一番の弟子であって、他の追随を許さない人は安田先生なのです。
「先生の言葉は従如来生である。
人間から起こっているのではない、如来から起こっている。
具体的にいえば本願から生起している、
先生の存在が本願成就であるということである」
という昭和四十九年の鸞音忌に際してのノートは、絶品です。
空前絶後の師弟ということが、こういう記述に見られます。
お二人とも浄土に還帰されて、随分久しくなります。
しかしお二人の著作を見るとき、人は本願の歴史に触れる思いをします。
仏教を学ぶ総ての人に、こういうお二人のことを知って貰いたいと思います。
いや、総ての宗教を学ぶ人たちと言い換えましょう。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆105/06.03
靖国神社が、自分だけのリズムで動いています。
本来はなくなって当然の神社だというのにです。
七十四才になって、戦争を思います。
子供だったものの、私は敗戦を知っています。
中学の二年生でした。
靖国に祭られる、そんなことも考えたことがあります。
戦時教育というものは、国中の人たちを鬼にしていました。
護国の鬼、というのが飾られた名前です。
事実は、理不尽な殺し合いの手先にさせられていたのです。
日本は負けました。なのに、靖国が残りました。
こっそりと、あの狂気を導いたA級戦犯が今では祭られています。
私たちを殺人鬼にしたてた、明らかに有罪の人が神という名で…。
靖国神社は、宗教ではありません。
が、宗教への背反思想として現前しています。
何か宗派をもつはずの首相が、宗教以前の悪意に参拝している。
こんな辛い、こんな目に余る、情けない国を傷みます。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆106/06.04
一年生でしたが、どうしてだか分かりません。
学校の講堂の正面が、特別の祭壇になっていました。
毎朝のこと、校長先生が扉を開けて天皇・皇后の写真に礼拝しました。
それが、全校生徒の朝礼だったのです。
私だけが礼拝しなかったのです。
それが何度も続いたからだと思います。
担任の女の先生に、頭を下に押されました。
抵抗する私と、その女先生がもみ合いのようになりました。
殆どの生徒や職員が立ち去っても、そのもみ合いは続きました。
その女の先生は、しまいには泣きながら言いました。
「どうしてこの子は、お参り出来ないの」って。
私も泣いてしまっていたと思いますが、返事は出来ませんでした。
両親が呼ばれましたが、さしたる処分ではなかったようでした。
しかし、私は写真に礼拝することはしませんでした。
今でも、決してそんなことはしません。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆107/06.05
六年生で小学校を卒業するまでに、四人の担任の先生が戦死しました。
中学に入って、教練を受けました。
剣道部で、一年半剣道を習ったものでした。
敗戦は、厳しい日々をもたらしました。
が、その前の数ヶ月、空から艦載機に狙われたことがなくなりました。
アメリカのグラマン戦闘機は、速くて音の前を追って見付けたものでした。
びしびしッと、機関砲の弾丸があぜ道に突き刺さったものでした。
私たちとは、ほんの四五メートルでした。
銃撃したアメリカ兵の顔が見えたものでした。
戦闘が終わって、惨めな日本が取り残されていました。
夥しい人の無駄死にがありました。
広島・長崎だけではなかったのです。
放心状態から、いろんな折り合いをつけて戦後の日本があります。
が、未だに人間が平等に生きられる国はありません。
浮世・有為の世界は、人間をシステムの軋轢に落とし込んでいます。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆108/06.06
免許の更新をしました。
七十四才ですから、三時間の講習を受けます。
その講習の内容と、目の検査について考えさせられました。
年令をつぶさに教えてくれているはずなのでしょうが、
何か少しばかり違和感がありました。
車を実際に動かすのはともかく、機械の前で画面と格闘するのは頂けません。
出来ない訳ではないのですが、実際の路上運転では在りえないものです。
そして目の検査ですが、機械でやられるとこまります。
実際には、7〜80メーター先のネズミでも見えます。
なのに機械的に目の前で、小さな記号を読めと言われる出来ないのです。
人が設定した、人格の査定は機械的に済まされます。
人間は、世間の一切を超えています。
世の基準値として知られているデータが、実は何か作り物そのものでした。
老人です。間違いなく、老衰が分かります。
が、生命は機械で判定してもらいたくないものです。
誰もが實業の凡夫ですが、現代文明の手の届かない存在です。
韋提希も一人の女性ですが、本願の歴史の証言者です。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆109/06.07
人間は深い、それはいかなる國家よりも深いものです。
なのに浅い国家が、深い人間を踏みにじります。
理性は普遍的ですが、人間そのものを知り尽くすことはありません。
なのに浅い理性が、人間を決定しようとします。
この矛盾がしっかりと言い出されることがなくて、
世界の国家も、人間の理性も完成されることはありません。
日本国の憲法は、国民の血で克ちとったものです。
しかしながら、国家やその権力は奇妙にいびつではないでしょうか。
権力というものは、許されているわけでもないのに一人横行しています。
国民の血がかちとった憲法のもとで、権力が逆行している。
国民に血こそが、憲法を生みだした権威なのです。
そのような庶民の血を、尊く頂くことが出来ないなら。
権威なき権力は、明かな暴力にすぎないのです。
「しゅくしゅくと」暴力が、慇懃無礼に挙行されています。
「コーンな日本に誰がした…」という声が聞こえてきます。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆110/06.08
インドでは、いろんな経験をしました。
三度ほどご一緒した尼さんのことですが…。
最初の3日間、何も食べないということを聞きました。
ちょっと見た目が違いますから、食わず嫌いだったのでしょうか。
それでその尼さんと話しあいました。
「貴女ね、お釈迦様の食べられた食べ物が食べられないのですか。
これからは、私が食べて庵主さんこれはうまいよと言ったらそれだけでも食べなさい」と。
尼さんは、承知したのでした。
それから二三日してでしたが、大きな川を渡りました。
バスを降りて、お客は歩かされるのです。
艀のような橋を歩いて、向こう岸について私はお茶を買って飲みました。
「庵主さん、これはうまいよ」と、続いてきた尼さんに言いました。
彼女はにこにこして頷きました。
ところが、それから3時間ほどでラクノーという空港についたのですが。
尼さんがぐったりしています。随分心配したのですが、何とかデリーに到着しました。
2ヶ月ほどして、彼女が種明かしをしました。
「あの時うまいと言われて、私はあのお茶を7杯飲んだのです」と。
驚きました。インドのお茶は、美味いのですが煮詰めてあるものですから濃厚なのです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆111/06.09
インドの運転手さんは、徒弟制度です。
師匠について、何年か修業するのです。
老練な運転手のことですが、30年も前の話です。
明日から走るアンバサダーを、選びにゆくというので一緒にゆきました。
私には、新車が当然よかろうと思ったのにです、彼は古い車を選びました。
「新しい車は、自分では直せない。これなら、何でも直せる」というのです。
そして、幾日も砂漠を走りました。
ラジャスタン州は、砂漠が続くのです。
その古い車に、欠陥がありました。
運転席のドアが、緩いのです。
走りながら、彼は何度もバタンとばかりに閉め直します。
三日目でしたか、そのドアのガラスが衝撃で割れたのです。
私が座っているのは、その窓の後ろです。
それから毎日、私は砂漠の砂を浴び続けることになりました。
シャワーを浴びると、床にしっかりと砂が残ったものでした。
その車は、修復に数日かかったと思います。
今では懐かしい、昔の思い出です。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆112/06.10
「Google earth」というソフトがあります。
世界中の話題の場所に、一挙に飛んでゆけます。
衛星写真を土台に作られている、楽しいソフトです。
インドの仏跡でも、その他の訪問地でも、何でも探すことができます。
だいたいの形状が、解像度の高い写真部分では確認できます。
しかし期待できない場所もあったりします。
ブッダガヤも、実はどうも明確に確認できません。
「Google earth」が指摘する場所と、いささかズレがあります。
大切なブッダ正覚の地が、衛星写真ではどうも不鮮明なのです。
こういうのが、世界の常識範囲というものなのでしょうが…。
一人の人間が、ブッダとして誕生する。
人類への、偉大な覚醒の促しがぼけているのです。
世界は、内なる覚醒を捨てて、外なる力にのみ依存しています。
けれども、世界はもはやすべて見えるかのようです。
ところがです、ブッダガヤの写真がくっきり見えるものに代っています。
面白いですね、どんどん訂正が進んでいるようです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆113/06.11
クマール君という青年がいました。
インドでガイドをしている、日本語のうまい青年でした。
わずか30才でバイク事故で死にました。
彼には随分お世話になりました。
その彼が、わが家に来てくれた時のことです。
散歩の途中、蒲原平野に広がる田んぼを見てつくづく言いました。
「この田んぼは、どうやって作ったのですか」と。
びっくりしましたが、なるほどインドの田んぼとは違います。
きちんと四角に、日本の田んぼは整地されています。
クマール君には不思議だったのですが、日本の農家はがんばったのです。
こういう農業を日本は見捨てました。
私のまわりの農家は、70才以上の人が大半です。
みんな友人ですが、こういう状況をほったらかしにする政府。
勝ち組しか相手にしない、トーナメントごっこ。
日本はこれでよいというのでしょうか。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆114/06.12
小泉さんが8.15に靖国へ。
こんな馬鹿な事実が、日本の現状です。
アジアの外交を総て投げ捨てた暴挙でした。
小泉さんだけではありませんが、奇妙な現象を思います。
その小泉さんは、8月6日には広島でしらじらしい挨拶をしています。
広島市長の痛切な宣言を、彼らは冷ややかに見逃します。
市長の宣言は、そのままに世界に響いていますが…、
一国の首相の挨拶は、薄っぺらのままに消えて行きます。
その足で靖国へ、彼らは深く重い生命を浅くとらえます。
広島の叫びは、理性の判断を遥かに超えています。
靖国は明治以来の日本人の理性がでっち上げたばけものです。
一人一人の生命は、靖国を超えてもっと深く重いものです。
広島での重い生命を、小泉さんは深くは見られないのです。
こんな指導者たちを、私たちはいつまで許すのでしょうか。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆115/07.01
親の年齢を越します。
1932年生まれですから、恥ずかしい程の年齢です。
インドを想います、ひたすらに。
釈尊が歩いた大地、それを踏みしめた無量のサンガ。
Google earthで、繰り返し仏跡を中心にインドを訪ねています。
新しい発見もあります。
いつの間にか、ジェタバナの裏側にThailandでしょうか、
立派な道場が出来ています。
「祇園精舎の鐘の声」とありますが、ない筈の鐘が今はあります。
それも日本から持ち込んだ、大きな梵鐘なのです。
何か釈尊とそのサンガが、大笑いしているような気がします。
聖地は、聖地そのままの方が良いのではないでしょうか。
誰かの意欲かはしりませんが、広大な仏道を小さく縮めているようです。
無為自然、そのままに大道は豊かです。
無為自然のままに、釈尊とそのサンガは永遠です。
何も有為のかけらで、聖地を汚してもらいたくないものです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆116/07.02
バリ島に遊んだことがあります。
ある幼稚園の先生たちと一緒だったのですが、楽しいものでした。
一日ボロブドールに遊んで、インドネシアの仏教遺跡を見ました。
今ではイスラム圏のインドネシア。
何か割切れないものを感じたものでした。
どうして仏教は無くなったのでしょうか。
なのに、バリ島だけはヒンドゥー教なのです。
奇妙な感じでしたが、もっと奇妙な思いをしました。
先生たちが帰って、二組の夫婦者だけが残ったのですが。
観光に出かけようとしていると、突然部屋を変われと言われたのです。
何と言うことだと、不機嫌になっていると。
どうでしょう、二つも門をくぐらなければ入れない最上のコテージでした。
今までの部屋も立派で、すぐ前にプールがあったのですが。
何と今度の部屋は二つのプールがついています。
おまけに夕日が美しく、バリ島を堪能したものでした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆117/07.03
白鳥が有名な瓢湖。
そんな所へ行ったことも少ないのが地元です。
白鳥なら、毎日軒先をかすめて飛んでいます。
いろんなグループがあって、大方大家族なのですが。
中にははぐれたものもいます。
吹雪の日には、高圧線にぶつかって家族で死ぬようなこともあります。
雪に覆われると、白鳥のえさは何なのかが心配です。
高速道路の周辺には、ほとんど舞い降りませんが。
新潟県のコシヒカリが、彼らのご馳走です。
灰色の幼鳥が、次第に真っ白になる頃。
白鳥たちは新潟からいなくなります。
年によって違いがあるようですが、三月の声を聞く前に。
彼らは北へ旅立ちます。
一挙に、私たちは淋しくなります。
また来年、と思いながら。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆118/07.04
ブッダガヤは、今ではお勧めではありません。
チベットの集団占拠にうずめられているのですから。
静かで、はるか悠久の時間の中にいたブッダガヤ…。
その釈尊成道の大地は、ラマ教に奪われています。
世界の聖地が、辺境チベットの状況を呈しています。
黙って座れば、悠久の仏道を感じ取れるかのようなブッダガヤ。
赤い僧服と民族衣装で固められたブッダガヤ。
何とか世界の共有財産に戻したいものです。
大塔に入るのにも、かき分けて入る状況。
こんなブッダガヤは、釈尊をすら踏みにじっています。
それから、仏典には確かに釈尊が七日ごとに座る場所を変えられたとあります。
が、そんな場所は特定するものではありません。
ブッダガヤ周辺を、広く受け止めたいのに。
「この樹の下で第何週を過ごされた」等と言われたくありません。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆119/07.05
今年の一月は、久しぶりにインドを訪問しました。
仏跡が、変わっていました。
古い懐かしいインドの、釈尊の面影を彷彿させるものが消えようとしていました。
何よりも生誕の地のルンビニは、アショカピラーだけになりました。
マヤ夫人堂は、ほとんど壊されてしまっています。
鞘堂で覆われていますが、中にはあの堂の面影すらありません。
2.000念もの間、世界の仏教徒を待っていたマヤ夫人堂。
それはもう見るよすがもありません。
幸いに古い写真を持っていますから、これからも皆さんにお伝えは出来ます。
そしてクシナガラ、涅槃堂のブッダは衣で覆われています。
むき出しで、威厳に満ちていた元の臥像は見られないのです。
その涅槃堂の後ろのストゥーパも、実は別の形になっています。
そしてあの、沙羅双樹の木が少なくなっています。
世界の仏教徒の慕う仏跡が、本来生を失いつつあります。
複雑な気分にさせられたことでした。
これからの仏跡を、真剣に考えてもらいたいと思います。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆120/07.06
ホームページを始めてから、これで丸十年です。
こんなに長く継続出来るとは思っていませんでした。
当時は、接続だけでも困難な時代でした。
ページ作成のソフトも少なく、やっとの思いでページを作ったものでした。
そして、アップデートするのにもはらはらしたものです。
マシン自体が容量が不足していて、500メガくらいのものでした。
三日に一度はマシントラブルがありました。
Macはその点、自分で立ち上げることができましたが。
ウインドウズ等は、時代遅れでよたよたしたものでした。
今でも、画像の処理などではウインドウズは見劣りします。
古い写真を、大きくして修復するなどはMacの利点が最大になります。
あれから十年、感慨深いものがあります。
インドを訪れ、中国や韓国にも行きました。
時代が変わったと思います。
が、時代が悪化している感も否めません。
何よりもインターネットが、ほとんど犯罪の巣窟になっています。
実に嘆かわしいことです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆121/07.07
アングリマーラのことです。
30年ほど前に、インドの人たちがよく知っていることに驚いたものでした。
今回、もう一度驚きました。
ガイドのジャマールさんというイスラム教徒なのですが、教えてくれました。
「インドの教科書に出ていますよ」と。
呆気に取られました。
インドでは、アングリマーラは小学生の教科書に出ているというのです。
詳しいことは分かりませんが、なるほどインドの人には周知のはずです。
アングリマーラは、多くの人を傷つけました。
最後には、自分の母親をも害しようとしたというのです。
その時、釈尊が事件に立ち入られます。
歩いて来られる釈尊を見て、アングリマーラは言いました。
「動くな沙門」と。
インドの言葉では「動く」というのはチャロと言います。
「さあ行こう」でしたら、「チャロ ジー」と言います。
「動くな」というのは、「アチャラ」です。
アングリマーラに向かって、釈尊は「私はアチャラ(不動)です」と言われました。
アングリマーラは、この言葉の響きに驚いて釈尊に帰したのでした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆122/07.08
デカン高原は、大きなものです。
35年前は、全くの荒れ地になっていました。
が、3-5年のうちに昔のように立ち直って来ました。
緑が回復して、作物が繁茂するようになったのです。
当時のインド政府が、開墾に着手したのでした。
砂漠のようだったものが、飛行機から見てもどんどん緑化しました。
オーランガバードでは、綿花の大量な収穫がありました。
かつて五代皇帝オーラングジブ大帝は、この地で活躍しました。
ほとんどの人が知らないようですが、この地にミニタージがあります。
タージマハールを模した美しい建造物です。
四代皇帝のシャージャハンの建てたタージマハール。
それを批判して、オーラングジブはこのデカンに住んだのですが…、
自分の母のために、このミニタージを造ったのでした。
国家の財政は逼迫して、オーラングジブが死んだ時。
彼の懐には、僅かに14ルビーしかなかったと言われています。
その彼の墓は、フルダバードに建てられました。
僅かに14ルビーで…、このことは前にも書いたようです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆123/07.09
思い出すのですが、コーチンでのこと。
バスコ・ダ・ガマの墓を探しました。
古い教会に入ったものの、それらしいものがありません。
辺りを見回しても、そんなものはないのです。
何と、それは地べたにあったのです。
教会の床が一部区切られていて、それが彼の墓でした。
私たちは、それを踏みつけていたのでした。
コーチンには、中国から伝えられたという大きな四つ手網があります。
バスコ・ダ・ガマは、この四つ手網で獲った魚を食べたでしょうか。
この町で食べた蟹は、実にうまかったことを憶えています。
コーチンでのカタカリダンス、蚊に食われながら見ました。
念入りのメークアップ、それを3時間もかけて見ました。
外国人だけが観客でしたが、白人が多かったものでした。
コーチンは、何度でも訪ねたい町の一つです。
インドの西海岸、ゴアがあり観光に暇がありません。
ここにはザビエルが葬られています。
来年にでも、再訪したいと考えています。
身体の状態が許すならです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆124/07.10
「千の風になって」がヒットしていますが、どうでしょうか。
私には疑念が残ります。
日常の生活から逃れて、一時しのぎとしての風。
それが千であろうが億であろうが、限定的です。
人が死ぬということは、風のような無意味な物ではないはずです。
一人ひとりが、世にありながら世を超えている。
そういう決定的な人間学が、現代では失われています。
「こんな田んぼ、誰が作ったのですか」と、インドから来た友人が聞きました。
それはインドでは見られない、新潟の美田です。
田んぼは、営々と人々から人々へと受け渡されました。
田んぼには人の影も見えませんが、人々の歴史があります。
見えない人々が、見えている田んぼを作り上げたのです。
田んぼを見れば、そこに偉大な人々が見えないでしょうか。
ごく普通の人々でしたが、偉業はみんなのものでした。
そして、彼らは永遠に生きているのです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆125/07.11
広島・長崎は、政治を超えています。
総理大臣が招かれて挨拶しますが…。
広島・長崎の市長の挨拶から見れば、何の感動もないものです。
広島・長崎の市長が語る言葉は、そのまま世界に響きます。
大臣の挨拶は、実に空虚なのです。
靖国を養護している首相が、広島・長崎の事実の前には空虚なのです。
靖国と二股をかける人は、人間の厳粛さを知らない愚か者です。
それはもう腹立たしいほどに、人間無視そのものです。
参院選挙で「ノー」と言われた当人が、「私は改革を続けます」と言いました。
その改革という名の、戦争容認・憲法改正が否定されたのですよ。
こんな愚劣さがまかり通る国は、人間の国ではありません。
魑魅魍魎とか悪代官がはびこる、全く忌まわしい国なのです。
今も、戦争のさなかに在る人々を思います。
世界は、人間によって人間の尊厳が奪われています。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆126/07.12
インドが遠くなりつつあります。
近代化ですか、訪ねる人には親しみがうすれました。
ホテル代などの滞在費がばかになりません。
中産階級が増えたといいますが、3億人が資産家になりました。
が、5億人もの格差社会の犠牲者がでています。
世界のブッダを生み出した国土で、何が求められているのでしょうか。
佛教が生まれた国で、その仏教が消えつつあります。
そして内なる尊厳を失った人々は、外の虚栄に走っています。
曰く「人種問題」、曰く「宗教問題」。
曰く「核戦力」、曰く「印パ問題」と。
世界の迷妄を、インドは貪欲に取り込んでいます。
古くからの友人も、次第に数を減らしています。
40年前のガイドさんは、英語でした。
今のガイドさんは日本語ですが、遠い人たちでした。
それでも彼らに佛教を語ると、聞いてはくれるのですが。
仏教徒として、ブッダを讚迎する者ではありません。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆127/08.01
北朝鮮、そしてミャンマー。
どちらも佛教に縁のあった国です。
ミャンマーでは、僧侶の集団が殺戮されました。
北朝鮮には、事件性が違いますが佛教全体が抹殺されたかのようです。
軍政といい独裁という。
人間性を失った、国家優先の厳しい現実。
劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁を五濁といいますが…。
時代が濁り、認識が濁り、価値判断までが濁り、
人間とその生命までが濁っているというのです。
人間の尊厳は、形を超えたものです。
その尊厳を形で代替する、そこに庶民の悲劇があります。
支配され牛耳られ、踏みにじられて庶民は…。
言い様のない理不尽を、生活の場としています。
北朝鮮もミャンマーも、よそ事ではすまされません。
私たちの生きている世界の、共同責任の事実があります。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆128/08.02
厳しい冬ですが、早くも白鳥が帰り支度です。
来たときに灰色だった幼鳥も、今では大人の羽色になっています。
毎日の白鳥たちの語らいが、次第に聞けなくなります。
軒先をかすめて、彼らは毎日越後平野を渡り歩きました。
送電線が、存外大きな障害だと聞きました。
一度などは、愚かな猟師が一度に12羽も撃ち落としたことがありました。
ずいぶん厳しい捜査がされたらしいものの、犯人はうやむやでした。
「わかっているのだけど…」という人もいたものでした。
ものものしい捜査で、行く手が遮られたものでしたが…。
白鳥たちも、さまざまな生命の限界を生きます。
冬の訪れを知らせる白鳥は、また春の足音を教えてもくれます。
彼らが立ち去って寂しくなると、春が急ぎ足でやってきます。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆129/08.03
中国では今年こそのオリンピックですが。
なかなか大変だと思います。
二度訪問していますが、その二度に渡っただけでも変化していました。
自転車から自家用車へ、とそれは目覚ましいものでした。
けれども、交通法規はまだまだのようでした。
鄭州から洛陽までの間に、11件の事故を見ました。
北京でも、乗っていたバスが二度の違反を犯しています。
そして太原では、「ここにも日本兵が来ましたよ」と言われたものです。
複雑な思いにかられました。
この60年ほどの、変遷は日本とて同じですが。
一党独裁の国家体制と、オリンピック。
庶民が押しのけられてのオリンピックという感じもあります。
それに公害という名の、近代化が付き添っています。
古代のオリンピックは、公害ゼロだったでしょうに。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆130/08.04
温暖化という現代は、人類の曲がり角なのですが…。
小手先に処理されようとしています。
人類は、各種の生命と一体です。
ともに40億年の生命の最先端にあるのですから。
近代から現代へ、それは悪化と劣化の時代なのでしょうか。
人間が間違えれば、すべての生命が損なわれます。
大きな責任を、人々は考えないようです。
政治家は、幅の狭い政治判断。
経済では、相変わらずの利益追求です。
生命の保全は、ただ一人の人をも大切に見つめなければなりません。
勝ち組は、負け組を支えて欲しいものですが…。
人間一人一人の尊厳がわからなくなった現代は…。
そういうなか生命にからんだ話題が、人々を撃つうです。
世界の情勢を超えて、人間の美しさが響くのです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆131/08.05
Google Earthで、時々旅をします。
インドでは、すべて行ったところは再確認します。
中国・インドネシア・シンガポール・韓国と…。
改めて方角の確認をしてみたりして、細部を念入りに調べます。
実に有能なソフトだと思います。
まだ解像度の低い写真もありますが、まあ満足です。
インドでは、王舎城とクシナガラがよく見えません。
そしてテラウラコット、ネパール側のカピラバストの双子ストゥーパ。
中国では、玄中寺が見つかりません。
これがまあ残念でたまりません。
日本でも、地方はまだ明確に見えないところが沢山あります。
いずれはこれらが全部明確に見られるようになるのでしょうが…。
早く直って欲しいと思います。
世界は、小さなパソコンで見渡せるのですから。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆132/08.06
バリ島でテロが発生したことがあります。
とても信じられない、そういう心境でした。
珍しいヒンズー教の、島民のほとんどが平穏な處ですから。
大きな伊勢エビを、選んで調理してもらったりしました。
とても安価で、とても美味でした。
ホテルをクタにして、ちょっと田舎っぽいと感じていたのですが。
大勢で滞在して、最後に私たち二組の夫婦が残りました。
と、その明くる日の朝、出かけようとしたら「部屋を変わって欲しい」と。
何か気色を害された、そんな感じでした。
ところが案内されてたどり着くと、なんとまあ最高の部屋でした。
二つの小さな門をくぐって、特別の人たちだけが入れる部屋でした。
部屋の前にはプール、一つ目の門をくぐったところにもプール。
二つのプールが、私たち専用なのですから。
ホテル側が、特別サービスをしてくれたのでした。
そこに二泊して、私たちは満たされて帰ったものでした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆133/08.07
暑くなってくると、老人にはこたえます。
が、インドやバリ島がなつかしいのです。
ジャワ島で見たボルブドール、インドのコモリン岬など…。
南インドは、暮すには楽しい處だと思います。
マドライよりはまだ南だったと思いますが。
田舎の農家を訪ねたことがありました。
皆さんより先に引き上げてカメラの面倒を見ているときでした。
「どこから来たの」という日本語に目を上げました。
50才なかばくらいのじいさんでした。
聞けば大戦中に、日本軍の軍属としてシンガポールにいたとのこと。
しばらく話が弾みましたが、そのうちに彼が私に名前を聞きます。
冗談に「ヒロヒトだ」と答えた途端、彼は怒りました。
「それは天皇の名前だ」というのです。
戦後30年も過ぎていたのですが、彼には同時代だったようです。
今彼が生きていれば、85〜6才くらいでしょうか。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆134/08.08
中国の北京、オリンピックは有終の美を飾れるのでしょうか。
問題が累積していますが、なかでもチベット問題があります。
何故にチベットが中国なのか、不思議な感じがします。
文化も文字も違う、人種も全く違うのですから。
北京に二度訪問しましたが、大きな変化を目撃しました。
自転車から自動車へ、それは目覚ましいものでした。
が、列車で北京を出発すると、すぐに貧しい大きな農村があります。
二年で、なかった高速道路が見事に完成されています。
この国に生きている人たちは、はたして人間として生きているのか。
環境は破壊され、生命は軽く扱われていないでしょうか。
経済優先・国家権力の威圧。
何か不自然の上に、時代錯誤の感もあります。
庶民の大半が、貧困に追い込まれていないでしょうか。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆135/08.09
韓国を訪ねたことがあります。
三泊四日という短い訪問でしたが…。
いくつか感慨を持ったことでした。
その一つは、農業が生き生きとしていることでした。
日本と違って、近代化の中で国の基本が失われていない感じなのです。
経済という生存を度外視した荒波を、きちんと見据えています。
経済で政治が支配され、経済で国民が逼迫させられています。
争って金利だけを追求していて、食べ物までも経済任せです。
なのに韓国には、まだ健全な人間凝視があると思われました。
もう一つは、歴史ということです。
有名な寺院が、秀吉の侵略を受けていました。
ガイドさんはふんわりと案内しましたが、私には痛いものがありました。
両方の立場を大切にしないと、一方的な歴史判断は人間を損なうのです。
韓国も日本もそして北朝鮮も、人間を大切にして欲しいと思います。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆136/08.10
メタボリック・シンドロームが騒がれて久しいのですが、
精神のメタボもあるようで、この方がより深刻です。
頭でっかちになった現代人は、それでも頭を下げることがありません。
言い方を変えますが、頭が下がることがありません。
頭には一杯詰まってはいるものの、軽いものばかりなのでしょう。
本当に深重なる精神に出遇うなら、深く頭が下がるはずです。
経典や論や釈は、重い人間存在そのものを語っています。
365日、百パーセント近い人々が重さを失っています。
人間そのものの存在の重さを失ったなら、精神はシンドロームします。
引きこもりや手軽な殺人、人々はむしばまれています。
情報というデジタルなものは、大自然を生きる人間そのものを養わないのです。
ですから大自然に触れると、人は必ずいやされるのです。
精神のメタボは、人間の本来的な大自然に背いている姿です。
人は、誰も本来を失ったまま生き続けています。
怖ーい、恐ろしい時代になったものです。
これが、現代という三悪道なのに。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆137/08.11
サミットという必要な会談があります。
が、その会談が独我的です。
なのに、誰もがヒロイズムに徹して気がつきません。
サミットで語られるべきは、敬虔なる生命讚歎でなければなりません。
誰一人、深い宗教性を感じる発言がありません。
何を代表した人たちだったのでしょうか。
国家は人民のものです。経済は庶民のもののはずです。
なのに、国家も経済も人民や庶民を見下しています。
合理主義という独断からは、深い人間性は欠落するのです。
大勢のというよりは、たった一人の貧困をも世界で救はねばなりません。
そういう国家や経済がないだけではなく、逆に国家・経済が差別しています。
ワーキングプアーの構造は、指導者というサミットにみなぎっています。
後進国援助程度では、部分的に過ぎません。
徹底した懺悔が、つまり本当の宗教が見えないサミットは欠陥なのです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆138/08.12
アメリカの金融破綻は、意外だと言いますが…。
上手の手から水が漏れる、というところかもしれません。
これから数年は、時代が荒れ模様をみせるはずです。
劫濁・見濁・煩悩濁とありますが、分別の極まりなのでしょう。
金銭という可愛い道具が、今では世界中を支配しています。
人間が生み出した道具が、人間を奴隷にしているのです。
人は、一人ひとりで人類を満たしているというのに。
人は金銭に押し拉がれています。
劫濁・見濁・煩悩濁に衆生濁と命濁の全部がセットになっています。
なのに人は、時代に慣らされて痛みすらありません。
アメリカが悪い、というだけで人類の尊厳など忘れています。
総て置いてゆくしかない金銭には、生存の真理はありません。
道理としてのダルマ、これを忘れ果てた現代。
21世紀は、バンドらの箱の一番底に隠れていた希望すらないのでしょうか。
微かな光も、人類にとって果てしない悲願なのですが。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆138/09.01
ノーベル賞を、日本人が獲得したというさわぎがありました。
温かく見つめたいものです。
ノーベル賞の善い所は、人類的な規模の発展が確認されていることです。
それは、誰かが栄誉を受けるのですが、平等に人類のお祝いのはずです。
個人の発見は、その努力を称賛されて当然です。
けれども、得られた結果というものは人類のものとも言えないものです。
見いだされるべきことが見いだされた、そこに真理の進展があります。
それは広く人類の歩みが見いたし続けて来た足跡なのです。
平和賞も含めて、学術は人類を進展させるものです。
「たまたま行信をえば、遠く宿縁を慶べ」という言葉を大切にしたいものです。
個人の業績にも、人類の歴史的業績が踏まえられてこそ嬉しいのです。
何処の国の人が受賞したということは、あまり意味がない。
それがまた、ノーベル賞の善いところですよね。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆139/09.02
厳しい冬ですが、早くも白鳥が帰り支度です。
来たときに灰色だった幼鳥も、今では大人の羽色になっています。
毎日の白鳥たちの語らいが、次第に聞けなくなります。
軒先をかすめて、彼らは毎日越後平野を渡り歩きました。
送電線が、存外大きな障害だと聞きました。
一度などは、愚かな猟師が一度に12羽も撃ち落としたことがありました。
ずいぶん厳しい捜査がされたらしいものの、犯人はうやむやでした。
「わかっているのだけど…」という人もいたものでした。
ものものしい捜査で、行く手が遮られたものでしたが…。
白鳥たちも、さまざまな生命の限界を生きます。
冬の訪れを知らせる白鳥は、また春の足音を教えてもくれます。
彼らが立ち去って寂しくなると、春が急ぎ足でやってきます。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆140/09.03
忘れ物のお話です。
よくやることですが、共有財産をもったりします。
旅の期間中、みんなで出し合って共通の支払いを任せるのです。
ベナレスを出て、北へ一時間も走った頃。
その財産管理をしていた人が「あっ、忘れた」と言いました。
部屋にその財布を忘れたというのです。
何とか引き返しました。
ホテルでマネジャーに事情を言いました。
早速調べたところ、一人のボーイが浮かびました。
いきなりです、マネジャーは彼を殴ったのです。
我々はそれを止めるのに必死になりました。
少し減った中身を改めて、我々は再出発しましたが。
何か割り切れないものが残りました。
遠い、切ない思い出になっています。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆141/09.04
前にお話しした尼さんですが…。
オーランガバードの空港に着いて、すぐに「ああ、忘れた」
財布をベッドに置いて来たと言うのです。
すぐにホテルへ電話する一方、しっかり探してみなさいと言いました。
そしたら、いきなりです、尼さん上から脱ぎはじめたのです。
「やめなさい、あっちでやってください」
私はびっくりして、そう叫んでいました。
その前の一日、アジャンタを回ったのですが。
女性達は、控えめに暑いと下着を控えていたのにです。
尼さんは、上から薄着になっていたものです。
それがあったものですから、私は怒鳴っていました。
しかしながら、一件は落着しました。
15万円ほどのお金が、そっくりそのままホテルから届けられたのでした。
お礼をして、我々は無事にムンバイへ飛びました。
田舎の空港でしたが、ちょっとした騒ぎだったことです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆142/09.05
金融危機とは何なのでしょうか。
一番簡単に言えば餓鬼道でしょうか。
世界中が落ち込んだ餓鬼道。
なんとも奇妙な、巨大な落とし穴ではないですか。
人は、年収で評価される。
言ってみれば、人間が発明した道具に、逆にこき使われている。
餓鬼道にプラス畜生道ではないですか。
年収は必要ですが、年収は人格に関係ありません。
悪銭身に付かずと言いますが、総ての貨幣は身に付きません。
死ぬ時に置いてゆくしかないものは、身につかないものです。
金融危機に際して、大企業の不気味な体質が見えました。
今までの儲けは隠して、損益だけを指し示すのです。
企業の側の人をも含めて、企業というシステムが人間を踏みにじります。
地獄・餓鬼・畜生の三役がそろっています。
この五濁悪世が、私たちの環境なのでしょう。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆143/09.06
道具に隷属した生活が続いています。
パソコンや携帯電話と人間、どっちが支配者なのですか。
近ごろでは、情報操作に操られ続けています。
パソコンでは、Macを使用しています。
Windowsは、好きになれません。
二三年やってみたのですが、使用感が全然違うからです。
それにビルゲーツという人のやり方が嫌いです。
というよりは、アメリカンdreamという言い方が嫌いです。
一人のアメリカ人がやり遂げたdreamは、アフリカ全土の人々を救えるのです。
たかがパソコン、Macに比べて融通の利かないマシン。
けど、そのMacにも裏切られました。
道具は、壊れます。
スイッチが故障、半月かかりました。
寂しかったことでした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆144/09.07
道具にこき使われて、人生は物に彩られています。
家・車・年収、これで人間を評価する。
恐ろしいことを、人は平気でやっています。
現代は物の時代なのでしょうが、何かが転倒しています。
更に時代が進んで、物だけが働いて人が不在。
そんな風景も間近なのでしょうね。
「本来無一物」と強がりを言う。
こういう精神も、考えさせられます。
人は、いろいろでいい。
人は、自分を素材にして学び続ければ良い。
何か、早い結論や見栄を切らないのが人らしいですよね。
凡夫というのは、果てしなく学ぶ必要を持ったものなのですから。
だけども、やはり道具や情報に追い回されています。
物を超えて、人が人を行きます。
物を超えて、人として行きたいものです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆145/09.08
釈尊の最初の説法を「初転法輪」といいます。
ここで釈尊は四諦を説かれたと言われています。
苦集滅道の四つのサトヤ(諦)に、仏道の全体がかいま見られます。
苦諦の四苦、生老病死は簡単過ぎます。
前にも書きましたが、一度聞けば分かります。
けれども、分かるといっても理解(分別)するだけです。
分別とは、シュミレーションに過ぎないのではないでしょうか。
五比丘全員は、これが分かる(体得する)まで二週間かかるのです。
分かり方に問題がありますし、何を分かったかも大切です。
理性より深い存在に響いて分かる、そして理屈を超えているのです。
いわば生老病死という四苦は、誰にでも与えられている大自然なのです。
人は、一人一人が世を越えて大自然なのです。
インドのヴァーラーナスィーのミガダーヤ(鹿野苑)で、
最初の説法があり、全員がブッダと同質の感動を体得しました。
広く人類に、懐かしい出来事でした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆146/09.09
王舎城の悲劇は、観無量寿経などで有名です。
が、本当はもっときつい悲劇がありました。
それは舎衛城(サーバッティ)の悲劇です。
今日そこを訪ねますが、この悲劇を思う人がどれだけいるのかと思うことです。
釈尊の晩年には、相次いで悲劇が起こっています。
阿闍世のクーデターだけではなく、ビドゥーダバの悲劇があるのです。
それは長い物語になります。
釈尊が出家して、成道される。
11年経過して、釈尊はカピラバストへ帰られます。
ラーフラ(子供)とナンダ(弟)の二人が出家します。
カピラバストの王家の後は、マハーナーマンに委ねられます。
そのマハーナーマンに、大国コーサラの大王パセナーディが申し入れます。
ブッダの生誕された国から、一人の妃を迎えたいと。
難問でしたが、マハーナーマン一門は何とか一人の娘を決めました。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆147/09.10
バーサバカッテヤの母は、ナーガムンダという名前で端女だったと言われています。
時が経過して、バーサバカッテヤに一人の子供が授かります。
それがビドゥーダバという息子です。
パセナーディ大王には、沢山の王子たちがいたはずです。
ビドゥーダバは、一番末に生まれた王子だったのではないでしょうか。
このビドゥーダバが幼少の頃、バーサバカッテヤが里帰りをします。
10才前後の王子ビドゥーダバは、子供たち同士で遊んでいたといいます。
その時、突然一人の子供が大きく叫びます。
「そこは駄目、お前のような端女の子供の座るところではない」と。
カピラバストには、王政なのに議事堂があって議会が開かれたと言われています。
その議事堂の、王一人だけ座れる場所が問題だったようです。
ビドゥーダバは、非常に傷ついたようでした。
舎衛城に帰ってから、食事の度ごとに召使いの一人に語らせたといいます。
「カピラバストの屈辱を忘れるな」と。
こうしてビドゥーダバは、次第に成長します。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆148/09.11
ビドゥーダバは、カピラバストで受けた屈辱を忘れませんでした。
まだ若い、というよりはまだ子供といってよい年齢でチャンスをつかみます。
パセナーディ大王を陥れて、王権の印を奪い取って自らが大王だと名乗ります。
他にも沢山の王子がいたはずですが、その中にジェータ太子がいます。
祇樹給孤独精舎の名に残されている、祇樹(ジェータ)太子です。
手回しがよかったのか、王族の反対がないままに彼はクーデターに成功します。
パセナーディ大王は、追われるようにして王舎城の阿闍世のもとに行きます。
阿闍世の奥さんの一人が、縁あって嫁いだパセナーディ王の娘だったのです。
クーデターの成功と同時に、ビドゥーダバは行動を起こします。
軍隊を整えると、カピラバストを攻撃するために進軍を開始します。
と、その軍勢の先頭が進めなくなります。
どうしたのかと、ビドゥーダバが軍の先頭に来てみます。
一本の枯れ木の下に、黙然として釈尊が立っておられたといいます。
「世尊」と、さすがにビドゥーダバも驚きます。
「何故に、枯れ木の下に立っておられるのですか」と聞きます。
「親族の影涼し」というのが釈尊の答えでした。
万感のこもる、この言葉にビドゥーダバは軍を返します。
これが三度まで繰り返されたといいます。
俗にいう「仏の顔も三度」とは、ここからきているといわれています。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆149/09.12
カピラバストに侵攻したビドゥーダバの軍勢は、残忍だったといいます。
殆ど皆殺しを目的としていたようです。
ビドゥーダバが責めたカピラバストの王は、彼の祖父です。
その攻撃の非道さにこらえかねて、その祖父マハーナーマンが現れます。
「攻撃をやめなさい。ほんの少しでよいから」と。
疑わしげなビドゥーダバに、その祖父は懇願します。
「私が池に飛び込む。浮き上がるでの僅かの間だけ戦闘を中止してくれ」と。
ビドゥーダバは、ようやく承知します。
飛び込んだマハーナーマン王は、ついに浮かび上がることはありませんでした。
「探せ」と、さすがのビドゥーダバも命じます。
暫くしてマハーナーマンが見つかります。
池の中に生えていた、木の根にその髪の毛を結びつけていたといいます。
戦闘は終わりましたが、カピラバストの女性達が黙っていませんでした。
「人でなし、おじい様を殺した恐ろしい孫」と彼女らが叫んだといいます。
そういう女性達500人を、カピラバストの南門辺りに切り捨てたといいます。
そして500人の、残りの女性達を連れて舎衛城に引き返したそうです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆150/10.1
舎衛城に帰ったビドゥーダバは、とんでもない事をします。
帰城して何処かから、音楽が聞こえてきたといいます。
ビドゥーダバは、その音の源へ駆け寄ります。
それは、あのジェータ(祇樹)太子の部屋からでした。
太子はビドゥーダバよりはかなり年配のはずです。
本来なら、王位継承権はビドゥーダバより遙かに近いはずです。
ビドゥーダバは、そのジェータ太子を斬り殺します。
「私が命がけで働いているのに、音楽沙汰とは何事」という理由でした。
カピラバストからつけられて来た女性達も、相変わらず反抗します。
ビドゥーダバは、彼女達を生き埋めにして象に踏ませたといいます。
この残虐さをみた市民が、相次いで舎衛城を捨てたといいます。
そして一つの噂が流れます。
「神を恐れぬビドゥーダバは、地獄の火に焼かれて死ぬそうだ」と。
さすがのビドゥーダバも、この噂を気にして川の船に逃げ込んだそうです。
が、噂が流れてまもない頃、彼は雷に撃たれて焼け死んだといわれています。
釈尊の晩年、その故郷は滅亡します。
シャカ族の国は、殆ど壊滅状態だったようです。
王舎城の悲劇よりは、舎衛城の悲劇の方が深刻だったと思われます。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆151/10.2
現在のインドは、力に左右されて力に頼っています。
ことに原子力など、悲しい事実です。
が、もし仏教を回復できたら。
インドは世界を導く精神を発揮するでしょう。
何よりも、仏教はインドからしか生まれなかったのですから。
ヒンズー教の中にブッダを数えていますが、実に寂しい感じです。
なのにインドの人は、アングリマーラーをよく知っています。
ブッダに救われた怖い人、それがアングリマーラーです。
この人の物語が、インドの教科書に載っているのだそうです。
祇園精舎にかくまわれていたアングリマーラーは、
一晩で悟りを開いたと言われています。
人間存在の重さを、深く見いだすことが出来たのです。
が、人々からかなり痛めつけられたと言います。
「耐えなさい」とブッダは、彼を諭し続けられたといいます。
現代のインドは、こういう物語から何を学んでいるのでしょうか。
偉大な仏教を、インドの大地の上に確認して欲しいものです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆152/10.3
「烏鷺の争い」というと、それは囲碁のことです。
その情景が稲刈りの終わった新潟の田んぼで見られます。
それぞれのグループで、同じ田んぼで餌をついばんでいます。
今期は、年末にどさっと雪がきたのですが。
元旦には消えて、こんどは烏と白鳥が見られます。
鷺が何処かにいなくなって、今度は白鳥です。
小白鳥ですが、烏の集団には負けていません。
一羽でも、烏の三倍はあるでしょうか。
悠然としたものです。
その白鳥が、三月の聲を聞くと北へ去ります。
一気に寂しくなるのですが、また鷺が田んぼのあちこちへ戻ります。
「烏鷺の争い」と見える風景。
大好きな情景です。
また来年、白鳥が来るのが待たれます。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆153/10.4
ブッダ生誕は、四月八日と言われています。
が、ちゃんとした証拠はありませんし、不用でしょうね。
ただ、最初にインドを訪ねた時。
「インドには総てがある」と思いました。
貧困でも差別でも、人間の苦悩が徹底的にそろっているのです。
「ブッダは、この国でしか生まれない」と思ったものでした。
今の日本のような風土や風習は、実に甘いものです。
ブッダは、徹底的に過酷な人間の舞台を背景に生まれました。
仏道を学ぶということは、自分の底辺を読み取ることでもあります。
ブッダを学ぶことは、インドの民衆の生存を学ぶことではないでしょうか。
念仏する、そこにインドのブッダと民衆の願いがあります。
人類と並んで生きる、新しい私がそこに始まります。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆154/10.5
ンドの雨期は、五月から始まっています。
釈尊のサンガは、雨期を地域を決めて過ごしました。
釈尊を中心に、祇園・ベーシャリー・竹林精舎と。
45年間のブッダとしての化導の生活に、45回の雨期があったはずです。
今とは違って、大自然は猛威を見せました。
洪水や氾濫は当たり前でした。
私たちが冬場にインドを訪ねても、そういう跡を見れます。
近年の目覚ましい発展をみせるインドにも…。
痛ましい雨期の傷跡が見られるのです。
仏跡を回っていると、道路が極めて劣悪でした。
「どうしてこんなに酷いのですが」と聞いたら。
「議員さんが、みんな飲んでしまった」といいます。
「今では、彼らは牢獄にいます」と。
ブッダの国でも、近代化は想定外です。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆155/10.6
玄中寺へは、今年の九月再々訪します。
「赤壁山永寧禅寺」と書かれていた寺院。
これを玄中寺と比定した人が常磐大定師です。
恐らく唐の時代がおわる頃には、玄中寺は不明になっていたようです。
曇鸞の伝記には、東魏の孝静帝が玄中寺を薦めたと言われています。
皇帝のすすめで、曇鸞はこの寺に住むようになったのです。
永寧とは、曇鸞の生涯を決定した菩提流支の住まわれた寺の名でした。
それは、古都洛陽にあった絢爛豪華な永寧寺です。
曇鸞は、玄中寺に「永寧」の二文字を入れたのではないでしょうか。
この玄中寺で、この寺のお坊さんに阿弥陀経を読んでもらいました。
現代の発音ですが、全く分かりません。
私たちだけでなく、曇鸞・道綽・善導も分からなかったと思います。
むしろ、私たちの発音の方が中国の三祖に分かると思いました。
皮肉なものですね…。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆156/10.7
昔はマドライと呼ばれ、今ではチェンナイ。
随分前に訪ねたことがあります。
アマラバテーの遺跡の一部があるからです。
けれど散策していて見た、ガンジーの像がとても印象的でした。
その人柄が実によく表現されていたものでした。
なのに、あの大津波が遠くチェンナイの海岸まで襲いました。
ランカでも大きな被害がでたのですが、ここもやられました。
ガンジーの像は、倒されて無慚な姿をさらしました。
インド建国の父ガンジーは、津波を受け止めたもののようでした。
チェンナイの人達は、またまたガンジーを思い、
今更のように、彼の偉業を思い出したのではないでしょうか。
ガンジーの偉業は、アメリカの人種差別をも克服しました。
オバマさんが大統領になれたのも、実はガンジーの生存のお陰です。
でもこれは、言い過ぎでしょうか。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆157/10.8
今では20世紀前半の人の映像がwebで見られるのですね。
フッサールの演説を、目を皿にして見ました。
現象学を提言し、格闘してヨーロッパの知性を批判しました。
本当の人間とその学びは何か、と。
大きな問いです。根源的な疑念でした。
その疑念に応える教えが、実に1500年昔の唯識にあったのです。
フッサールが問うた問いに、確実に応えていたもの。
 其れを見いだした欧米人が、漢文とサンスクリットを学びます。
人類の問うべき問い、その応答をそこに見ているからです。
唯識法相の学は、深く厳しい人間学です。
学問としての唯識、厳密な学びです。
が、それを大成した世親は、浄土論にもっと進んだ歩みをみせます。
「往生は一人一人のしのぎ」と言われます。
世親の往生は、一切衆生を救う巨大な仏道(真宗)によります。
 それは「無量寿経」という大乗の原理を語る経典に基づくものです。
一切衆生とは、一切の凡夫人のことです。
世親はそういう深広なる仏道の人に還ったのでした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆158/10.9
新潟に親鸞学会というものが立ち上げられて7年過ぎました。
真宗各派を越えて、広く会員がおられます。
大切なことと感じています。
というのは、親鸞は宗派を超えた人です。
だけではなくて、日本を超えた人でもあります。
親鸞は、ブッダの大道を世界に確立した人と言うべきです。
正信偈は、そのままに真実の仏道を語り尽くしています。
無量寿経と、その本願の歴史的現実が見事に語られています。
なのに、宗派や日本仏教が親鸞の真実を隠していないでしょうか。
宗派があることは、小さく親鸞を隠します。
日本仏教は、世界の親鸞を見ていません。
新潟のささやかな学会は、偉大な仏道を訪ねます。
世界の人類の仏道を、尋ね明かしたいものです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆159/10.10
インドは発展して中産階級が増えたといいます。
そしてそれがが、何と3億人だと…。
日本人の三倍が、一挙に豊かになったといいます。
なのに、この倍の数の人達が貧困に喘いでいるのも事実です。
そしてカーストという差別。
人間の総ての表情が色濃く社会に根付いています。
以前にも言いましたが、こういう国だからブッダが生まれたのだと。
日本という国は、生ぬるいのです。
ブッダが生まれるのは、深刻な人間問題が必用なのです。
そして、厳密な人間学が生まれます。
仏教が生まれ、大乗に展開して世親の学びがありました。
唯識法相の、綿密な人間学です。
20世紀のドイツで、現象学が生まれます。
フッサールの提唱をうけて、現在のフッサリアンが学ぶ唯識。
しかしその世親は、本願の仏道に生きる人でした。
学びは唯識の人間学ですが、往生のしのぎは念仏の大道でした。
世親の学びは高らかですが、救いは一切衆生の救いでした。
他力の仏道は、巨大な救済行なのですから。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆160/10.11
今年も終わりますが、今年は中国訪問をすることができました。
上海は万博の混雑を考えて、ハルビン経由で入りました。
大同で雲崗の石窟を見て、五台山へと向かいました。
何とどちらも世界遺産になっていて、その繁盛はびっくりさせられました。
大同では、この町のバブル経済にびっくり。
必ず崩壊するバブルという感じなのです。
石炭発掘の町大同に、幾つものマンハッタンを作りつつあります。
雲崗の石窟も、沢山の観光客。
そして、新しい沢山の施設を建設中でした。
四年前には何の気配もなかったというのに。
五台山も繁盛していて、新しい宿泊所も沢山出来ていました。
しかし玄中寺は、実に静に息づいていました。
何か安心しました。
住持と懇談、お土産を頂いたり夕食を食べたり。
こちらこそ、本当の仏教寺院でした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆161/10.12
今年も終わりますが、今年は中国訪問をすることができました。
上海は万博の混雑を考えて、ハルビン経由で入りました。
大同で雲崗の石窟を見て、五台山へと向かいました。
何とどちらも世界遺産になっていて、その繁盛はびっくりさせられました。
大同では、この町のバブル経済にびっくり。
必ず崩壊するバブルという感じなのです。
石炭発掘の町大同に、幾つものマンハッタンを作りつつあります。
雲崗の石窟も、沢山の観光客。
そして、新しい沢山の施設を建設中でした。
四年前には何の気配もなかったというのに。
五台山も繁盛していて、新しい宿泊所も沢山出来ていました。
しかし玄中寺は、実に静に息づいていました。
何か安心しました。
住持と懇談、お土産を頂いたり夕食を食べたり。
こちらこそ、本当の仏教寺院でした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆162/11.01
年が変わるとおめでたいと言います
そして、一方ではそれを皮肉るだけのことも。
でも、一人一人の存在は年を超えているものではないでしょうか。
一口で40億年といいますが、総ての生命が40億年の深さを持っています。
私たちは、そういう生命の最先端を人間として生きるのです。
40憶念の生の経験が、私たちを動かしています。
そういう生命の感覚は、理性の判断を超えます。
仏教でも天親菩薩の唯識の学びは、深く生命を見つめます。
理性は六番目の意識、そりれより深く主体を生きている識があります。
一番深く第八番目の意識、ヨーロッパがようやく気付き始めたものです。
仏道は、人間学として16世紀もの先行性があります。
理性が考えている年というものは、狭く味気のないものです。
しかし生きられている生命そのものは、総ての解釈を超えています。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆163/11.02

79才の誕生日が近づいています。
確かな衰えを感じます。
80才になったら運転を止めようと思ったことが現実になりつつあります。
ここのところ、読めなかった本を読んでいます。
読める本を沢山読みました。
が、この頃読めない本を読むということが大切だと思っています。
自分にとって手ごわい本、それが重要だと思います。
もちろん一度では読めません、頑張って二度三度読みます。
五度目くらいに、ようやく読めるようになる感じです。
悪戦苦闘して読む本、年齢とともに幾つかになりました。
一冊読むのに、一年はかかります。
少しずつ読めるようになるものですね。
読んだつもりが、実は読めていなかったと分かること。
それが大切なのだと思われることです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆164/11.03
ある先生から教えられました(親鸞学会創刊号)。
「視覚(眼)が距離を知り、聴覚(耳)が時間を楽しむ」と。
そして「触覚(身)が距離を無くする」と。
誰もが持つ感覚ですが、五感とか五根は理解を超えています。
当たり前だと言いますが、当たり前ではないのです。
誰にもある感覚ですが、素晴らしい世界を見ています。
ただ、見たり聞いたりしたものを理性でまとめる。
その時に人は、人だけの過ちを犯します。
理解とは、分かっただけを分別していることです。
理性の理解は、優れたシュミレーションにすぎないのです。
考えた火は、決して燃えないし熱くもないものです。
なのに「水が美味い」というのは、分別を超えています。
一人一人が持つ、理性を超えて与えられている五感が知るものです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆165/11.04
「触覚(身)が距離を無くする」というのも、意味深いですね。
理性の理解は、総てを距離と時間という価値観でまとめます。
人間は、様々な物に囲まれて育ち、物を作り出しました。
そして…、人間を物として見るのです。
年収で、人は位置づけられます。
これが最悪の、物以下の人間観ではないでしょうか。
人が人と触れる、母親が子供を抱く…。
そこには、物を超えた人間の感覚があります。
現代とは、人と人との深い触れ合いを捨てているのではないでしょうか。
家庭でも、学校でも、社会でも触れるということが希薄なのです。
理由のない犯罪や、多くの前代未聞の犯罪。
何か人間の基本が忘れられた結果のように思えることです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆166/11.05
大きな地震でした。
長く揺られながら、不吉な感じを抱いていました。
テレビで地震の大きさを知りました。
が、その後の津波は、本当に予想外でした。
まじまじと映像は、壊滅的という現実を押し付けます。
様々にそれは、恐ろしく展開しました。
実に沢山な犠牲者がでました。
自然の驚異を、人間は甘く見積もっていたのです。
その象徴が原発でした。
「想定外」というのでは、余りに無責任です。
津波の被害に立ち向かう多くの人たちがいたのに…。
原発は何日も状況判断だけしていたのでしょうか。
爆発が続いたのに、なんという愚かな放置…。
水で冷やしたのは数日後です。
大自然に、きちんと対応する。
どんな人生にも、大切なことではないですか。
生まれたこと・生きていること・そして死ぬこと。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆167/11.06
演歌に「人のやれないことをやれ」とあります。
が、これは考えものです。
人のやれることをきちんとやるのが正しいことです。
「人のやれないこと」をやるのは無理です。
嫌なヒロイズムがいつの間にか人々を支配しています。
人として人を深める、大切な事を忘れていないでしょうか。
ブッダは、人のやるべきことをやったのです。
それは本来的人間の極まりない学びです。
その第一は、人は歴史的存在(宿命智通)だということ。
そして第二に、人は全世界を反映している(天眼智通)ということ。
そしてその第三に、人は世を超えて学べ(漏尽智通)ということです。
これを三明と言いますが、人のやるべきことです。
世にあって、世に埋没するのではありません。
人の学びは、世にあって世を問い続けるのです。
そして、人として人を自ら深めて行くのです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆168/11.07
災害の大切な事は、一時的な同情ではありません。
永い時間をかけて、みんなが立ち上がれるまで付き合うことです。
みんなが罹災したのです。
一人ひとりの上に、数十万の人々の災害の事実があるはずです。
人間は、そのように深く広いものです。
「深広無涯底」ということば、無量寿経にあります。
人間が学ぶべき広がりを言い当てた言葉です。
目先に軽く反応するのではなく、重く強く自己を学ぶ。
それが歩みであり、往生であり凡夫(人間)の生の在り方なのです。
生きている、その刻々を人間の深まりへ向けたいものです。
年齢とともに、この生をこの学びに向けたいと思うことです。
念仏往生・凡夫往生、これこそがみんなの学びです。
禅の人の、「坊主失格」という言葉を見ました。
大切な言葉ですね。
禅宗の人も、凡夫(人間そのもの)の学びを受け止めるべきです

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆169/11.08
インドの人に、八月の末になれば涼しいと言われて行きました。
なのに、34°の毎日でした。
スリナガルへ、夏場に行くのが普通です。
天親菩薩が学んだことのあるカシミール地方です。
標高3.000メートル以上ですから涼しいのです。
なのに、印パ戦争が始まって未だに続いています。
我々はデリーから動けなくなり、実に熱い毎日を過ごしました。
なのに、インド人は熱がらないのです。
それどころか冷房を嫌ってバスの運転席へ避難しています。
「インドの人は、何度になったら汗をかくの」と聞きました。
『40°を越すと…」という答えでした。
デリーから逃れて、少しは涼しいはずのリシュケシへ。
何とかしのいで、この年のインド旅行が終わりました。
以後、決して夏場には行きたいとは思いません。
ただ、カシミールへゆくチャンスが開けたらと考えています。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆170/11.09
一緒に何度かインドを訪ねた尼さん。
実に変わった女性でした。
私は、インドで二度ほど叱ったことがあります。
一度は、仏跡巡りの最中でした。
彼女は、インド食を何も食べないのです。
「貴女は、お釈迦様の食べられたものが食べられないのですか」
にがい顔をしていた彼女に、私は言いました。
「私が、これ美味いよと言うものだけでも食べなさい」と。
もう一度は、ホテルを出て空港に着いたとたんでした。
「お財布がない」というのです。
「よく調べなさい」と言っておいて、ホテルへも電話をしてみました。
なのに彼女は、いきなり着物を脱ぎ始めたのでびっくりしました。
「あっちで、誰かに手伝ってもらって探しなさい」と叱りました。
お財布はホテルにありましたが、インドでは珍しいことでした。
懐かしい彼女も、七月にブッダの世界へ帰りました。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆171/11.10
八月の六日、広島の原爆記念日でした。
何年続いているでしょうか、わが家でも梵鐘を撞きます。
参加する人が20名近く、例年の人数です。
8.15分に、第一の鐘を撞きます。
不思議です、一つ一つの響きに皆の手が合わさるのです。
誰も言い出した者がないのに…、みんなが合掌するのです。
鐘の側面に「梵聲悟深遠…」と書かれています。
深遠なるものが、皆を動かしているのだと思われます。
原爆・原発を正しく乗越えて、深遠に生きる。
そういうものが無かったなら、広島長崎の記念日は何なのでしょうか。
見えている世界だけの祈りではなく、深遠なる大道をと思うことです。
梵鐘の一つとその周辺の僅かな人々の、世界的な意味の深さ。
深い人間性を、しっかりと見つめあいたいものです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆172/11.11
「一人いて賑やか」という言葉があります。
真宗の先人たちが残した言葉です。
現代では「大勢いて淋しい」のではないでしょうか。
一人は、聞法すれば無限です。
理性的理解を分別と言いますが、智慧は深く無限です。
仏道は、聞法による自覚道です。
それは智慧に賜る自覚ですが、「愚の自覚」でもあります。
愚は知られれば、深い存在の自覚です。
「一人いて賑やか」とは、一人に広く人類を感じ取っています。
そして深い生命の歴史をも合わせ持ちます。
ブッダも弟子達も、「一人いて賑やか」な自覚を持ちました。
それは、生きて聞く往生の始まりでした。
「さとり」とか信心は、智慧です。
智慧において、人は生きている限りを学ぶのです。
それは往生決定であって、成仏を気取る必用はないのです。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆173/11.12
一年がまた終わります、が一刻一刻が経過していることです。
瞬間でいい、何か人間にある深さが見えたらいいのです。
「ご催促」という言葉があります。
一人の人の深さを、仏道に聞けと…。
人はそういう催促を受けているというのです。
私の友人の一人が言っていました。
枕経によばれて行ってみたら、若い人の急死でした。
何とも挨拶もできないし、言葉を失っていたというのです。
お経を拝読しながら、挨拶を考えていたそうです。
ところが、一人のお婆さんがやってきて…。
「おやまあ、大変なご催促でしたね」と言ったそうです。
「ああ、負けた」とその友人は思ったそうです。
お婆さんの言葉は、そこに居た全員に響いた言葉でした。
それはまた、一瞬に人々を方向づけるものでした。

☆☆☆ 話  題 ☆☆☆174/12.01
3794というナンバーの車が目の前にいました。
どうしたことか、ミナークシと読んで一気に思い出しました。
随分と昔のことですが、いきいてきと思い出しました。
マドライのヒンズー寺院ですが、素晴らしく豪壮な建造物でした。
「ミーナ・エークシ」がなまったのだと聞きました。
「ミーナ」は魚、「エークシ」は目だといいます。
つまり「魚の目」という名前の寺院なのです。
それは『魚のような目をした」女神の名前なのだそうです。
この寺院で、十二神将とはこれだったのかと解ったものでした。
ミナークシ寺院には小さな十二の星座のセットが飾られていいました。
奈良や京都の寺院にある十二の神将。
それは黄道十二星、つまり星座の名前だったのでした。
インドの星座が、神話化されて十二の神々になっていたのです。
古い時代の寺院は、神話化された星座が祭られているのです。
実物で教えて貰ったことに驚いたものでした。

☆☆☆ 里村専精 ☆☆☆