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浄土真宗にようこそ(101/05.11)
「必至滅度」は証巻の問題です。
「住正定聚」が、信巻の問題です。
同じ十一願が、二つに用いられています。
信巻の「住正定聚」は、凡夫の上に展開する仏道です。
これを真宗では「往生決定」と言います。
「往生」は「一人一人のしのぎ」です。
誰かが代わることはありません。
あくまでも一人の人間の上に展開する仏道です。
ですから、それは決して「成仏」ではないのです。
曽我量深先生は、「往生は心にあり、成仏は身にあり」と教えられました。
いい言葉ですよね。
聞法に因って、二つの地平が拓かれます。
一つは凡夫の上に広がる仏道です。
そしてもう一つ、難思の法界に広がる往相の世界です。
この身を任せてゆける、人類の仏道。
洋の東西を問わず、実は人はこういう課題を尋ね続けているのです。
人類を共に包んで展開する仏道を、早く世界的理解に映し出したいものです。

浄土真宗にようこそ(102/05.12)
「曠劫来流転」という言葉は、真宗の人ならよく知られている言葉です。
もともとは善導大師が用いられた言葉ですが…。
そしてこの言葉は、凡夫を徹底的に示す言葉ですが…。
それは凡夫という理解を超えています。
言わば、善導大師も親鸞聖人も、それまでの理解を超えたのです。
「曠劫来流転」という言葉は、凡夫でありながら日常の理解を超えた自己が見つめられています。
「曠劫来流転」する存在は、生まれて死ぬだけの人間ではありません。
善導大師も親鸞聖人も、仏道に出遇って世にありながら世を超えているのです。
それが聞法の事実であり、大いなる成果なのです。
仏道に遇うというのは、果てしの無い人間の存在の深みを見出すことです。
空蝉の仮の世を生きても、真実の存在に感動して生きるのです。
仏道は、真宗に限らずともに偉大な事業に参画します。
学ぶ人から始って、やがて世界が呼応する大道。
そういう仏道を、七祖の歴史が物語っている。
そういう本願の一実が生きている仏道を、親鸞は真宗と云いました。

浄土真宗にようこそ(103/06.01)
「曠劫来流転」と知ることから、僧伽が見え教学が始ります。
まず僧伽ですが、一つには周辺に生きる人々が見えます。
親鸞にとって、吉水の草庵は賑やかな僧伽の広がりでした。
この草庵で、親鸞は幾つもの問題の発見をします。
「信心諍論」ということが云われますが…、
僧伽の一員としてその存在に深い感動を持ち、同行として本願の仏道を讃嘆します。
本願の仏道の事実に、共に大きな感動を享有しあうのです。
それにもう一つに、永い歴史を貫いてきている僧伽との呼応もあります。
七祖というのは、本願の歴史に伴う僧伽です。
総て南無阿弥陀仏によって、生み出された人たちです。
僧伽は、如来本願の行が開いた深い人間関係です。
共に「同一の念仏」によって、自己の真実を見出した人々です。
史上の僧伽と歴史する僧伽、二重の意味で親鸞は自己を確信します。
「曠劫来流転」という言葉は、歴史の恩徳でもあります。
が、曠劫という言葉は、既に通常の歴史を破っています。
それは意識を超えて与えられた、存在の尊厳そのものなのです。
凡夫でありつつも、仏道の人として立たされている姿がここにあります。

浄土真宗にようこそ(104/06.02)
僧伽に立って、善七祖も親鸞も生き生きとした言葉を見出します。
本願の大行に基づいた教学が語られるのです。
善導大師は、七世紀にあって忽然として古今を楷定します。
例えば、六字の名号には「願・行が具足している」と言います。
摂大乗論を学ぶ人達が、「唯願無行」と見下した念仏を根底から覆すのです。
つまり人間の才覚で進める仏道ではなくて、純粋な如来レベルの仏道を語ったのです。
解釈ではなく、生きた教学は七祖の一人ひとりに漲っていました。
そのことを親鸞は、「顕浄土真実教行証文類」として示します。
仏教全体を見渡した発言ですが、それは文類という形をとっています。
経と論と釈が語っていた真実(名句文)を、本願に基づいて語るのです。
「曠劫来流転」という事実から、世を超えて得られた真実を語ったのでした。
善導が成し遂げていた、古今楷定の教学を親鸞は踏みしめます。
本願が行じて、本願の歴史がある。
人間の歴史を貫いて、仏道開顕の歴史があると語ったのでした。
何無阿弥陀仏は、七祖だけではなく、およそ人間たるもの総ての大道だというのです。
願も行も具足していると言うだけではなく、願が行じていると親鸞は言います。
善導の教学は、親鸞を待って確立してゆきます。

浄土真宗にようこそ(105/06.03)
「曠劫来流転」と見出された主体は、深い主体です。
凡夫であるという事実が、かえってこの仏道の深妙さを示しています。
三大阿僧祇かかるはずの人間行を、一挙に「曠劫来流転」は超えています。
七祖たちが見出し親鸞が確認した仏道は、世を超え世を包むものでした。
だからこそ、親鸞の僧伽は永遠を見据えています。
無量の衆生を包み、永遠を貫く教学が確認されています。
そして生きとし生ける者のために、開かれた僧伽がここにはあります。
浄土真実とは、確かな教行証でありつつ温かい僧伽世界なのです。
流転という言葉のままに、しかし曠劫という時間でそれは理知を超えます。
理知を超えて、人の上に如来の大行が成就されます。
凡夫の上に発起した本願は、一切衆生を一切諸仏へと導きます。
撰ばれた少数のエリートの仏道ではなくて、一切衆生の仏道、
そういうマクロな規模の仏道を、真実の宗と呼ぶのです。
善導大師が見出された仏道は、歴史を貫いた一切衆生の仏道でした。
ここから法然の仏教が生まれ、親鸞の仏道が展開しています。

浄土真宗にようこそ(106/06.04)
「先生の言葉は従如来生である。
人間から起こっているのではない。
如来から起こっている。
具体的に言えば本願から生起している」
と、安田理深先生は書きの残しています。
その安田先生の学びも、私たちには驚くべきものでした。
ここには、清沢満之以来の学問追及の足跡があります。
とは言え、それは理性の学ではありません。
人間存在を成就しようという、学仏道の学びなのです。
如来は釈尊も如来です。
が、一切諸仏と等同です。
釈尊は一切諸仏を代表して、如来本願の生起を示されました。
如来本願に覚めたなら、一切衆生が一切諸仏等同の意味を持つのです。
仏教は、ブッダと衆生を区別していますが、その存在の重さは平等だと教えます。
覚めて仏道、覚めなければ流転です。
流転する群生が、諸仏如来の課題です。
諸仏如来は、真如を衆生に開示して止まないのです。

浄土真宗にようこそ(107/06.05)
諸仏如来は、流転の群生を仏道の課題としてその存在が問われています。
一切衆生を、一切諸仏にし遂げるまでが如来の仕事です。
殆ど無限大の課題と歴史を、諸仏如来は担っているのです。
そのことを「無量寿経」が物語りました。
曽我量深先生は、流転の群生に立って仏道を学ばれました。
理性的な優越などは、世俗の薄っぺらな虚栄です。
満之・量深・理深は、きびすを接して本願の仏道を語りました。
貴重な至宝と呼ぶべき学びが、お三方に流れています。
この三人の学びを踏まえて、私たちは学びます。
宗派を超え国家を超えて、世界中の群生に人間成就を示したいものです。
「先生の存在が本願成就であるということである。
これは先生が偉いからではない。
むしろその逆である。
先生は衆生となって如来を証明されたのである」
という安田先生の言葉を見たなら、
人は他に何を学ぶというのでしょうか。

浄土真宗にようこそ(108/06.06)
歴史ということがあります。
文化史というものが殆ど語られますが…。
親鸞が流罪に遇ったということは、濁世と言われる世を超えた歴史事件でした。
新潟県上越市は、親鸞の流罪の地です。
ここで親鸞は、本願の歴史を確認してゆくのです。
800年経過したというのは、文化史であり世間の知識的事件です。
が、親鸞は辺地に本願の歴史の事実をその信として深めてゆきます。
やがてそれは「顕浄土真実教行証文類」六巻として書きだされてゆきます。
「真実の教」は、大無量寿経です。
そこにはアーナンダが感動した念仏があります。
アーナンダは浄鏡として、ブッダの仏々想念を讃嘆します。
それはアーナンダを超えて一つの本願の歴史が、彼に実現している事を物語っています。
親鸞は、仏々想念の歴史を確認します。
「たすけんとおぼしめきたちける」本願の教に立ちます。
「念仏申さんとおもいたちける」親鸞には、超世の歴史感動がありました。
世間を越えて応えられている仏道の歴史を、親鸞は生きていました。

浄土真宗にようこそ(109/06.07)
「深広にして無涯底」なるものとして、仏智が語られています。
「大無量寿経」に、今日のボキャブラリーを超えた表現があります。
現代人は、言葉にも浅いし、表現にも味わいが乏しい感じですが…。
経典が物語る言葉の深さに、心を傾けて欲しいものです。
仏智が「深広にして無涯底」だということは、何を物語っているのでしょうか。
すぐに分かって欲しいのですが、どうでしようか。
答えは、簡単なのですが…。
仏智が「深広にして無涯底」なのは、他ではありません、
凡夫と喚ばれる人間が深いからです。
一方的に仏智だけが深いのではなく、その深さを必要とする凡夫が存在しているのです。
経典は、不自然な超世界を語っているのではありません。
その表現には、必要から生まれた事情が伴っています。
「深広にして無涯底」とは…、
凡夫が救われるのに、途方もない世界が必要だと言っているのです。
仏智は、大乗の時代になって、世界的な規模で展開します。
たとえ、たった一人の凡夫を救うのにも、
それは「深広にして無涯底」なるものを必要としているのです。

浄土真宗にようこそ(110/06.08)
「深広にして無涯底」とは、存在の深さです。
智慧で培った、存在洞察の深さからこのような大きな表現がとられてくるのです。
人間の意識は、見えるもの・形あるもの・想像できるものに限定されます。
意識は、しかし瞬間に作用します。
驚くべきエネルギーが、瞬間に発生しながら継続します。
瞬間発生が持続しているのですが、本当は驚くべきものです。
苦もなく行為している自分では、ほとんど気づかないのですが…、
人間の思考の在り方は、驚くべきものです。
けれども、ほとんどの思考作用は、その作用の仕掛けの深さに気がつきません。
思考する人間の、その背景には深い存在の事実があるはずです。
凡夫と呼ばれる人間に、仏・如来と呼ばれる深く目覚めた存在が、
自己に覚めた智慧によって、一切の凡夫を救おうとするとき。
それは「深広にして無涯底」なる、存在の事実を展開しなければならないのです。
凡夫と仏・如来は、深さに於て等しいのです。
仏・如来だけが深いだけでは、何の意味もありません。
覚めた智慧を通して、覚めるべく生きる一切衆生を、
「深広にして無涯底」なる仏智が支えてくれるというのです。
ここに本願を発された如来の智慧は、衆生の深みの限界までを究めようとしています。
「無量寿経」は、有限な人間に、無限の存在を回復する者だと言ってよいでしょう。

浄土真宗にようこそ(111/06.09)
本願の仏道に立って、親鸞は一切衆生の行方を見ます
「曠劫来流転」してきた一切衆生が、尋ね続けていたもの。
それは意識を超えた、存在の事実でした。
意識を超えて、人は生きています。
意識では伺い知れない事実、それが本来的な存在の謎だったのです。
いくつもの宗教や学問が、ずっと問い続けてきました。
が、それらを超えて、一挙に真実を指し示されたものは、一筋の仏道だけです。
キリスト教やユダヤ教にも、存在を語る優れた部分があります。
けれども、純粋に存在の事実に立って、その広大な真実を語るものはありません。
20世紀になって、初めて欧米で大きな反省がおきました。
たとえばそれは、世親に隔たること16世紀です。
世親菩薩には、現代の人類に先駆けた仏道の応答があります。
「ヨーロッパ諸学の危機」と名付けられたフッサールの学びは、
世親の解答に、初めて欧米が接した不思議な世界が語られています。
ヨーロッパは、16世紀もの間の流転に気がついたのです。
60億人もの人類が、その存在の原点をかいま見たのです。
仏道は、豊かに20世紀の人々をもを包みます。

浄土真宗にようこそ(112/06.10)
三法印ということがあります。
「諸行無常」・「諸法無我」・「涅槃寂静」の三つです。
これに「一切皆空(小乗では苦dukkha)」が入れば四法印です。
法とは、ゆるがせにできない絶対事実を言います。
それ自体で存在が決定されて在る、そういう真実在を法=dharmaというのです。
現代の存在論にも、実はこういうきちんとした視覚がないようです。
ですから、仏教は実に的確に存在を語り続けて来たものだったのです。
その存在の法の目印に、三ないし四つあるというのです。
「諸行無常」ということは、存在が法としては常に流動的だということです。
これからが、実に受け止めることが面倒だったのです。
仏教の始めにこういう理解を設定しないなら、もう仏教を学ぶ姿勢がないのです。
外道として、仏教を研究することはできます。
仏教学という名で、それは継続しています。
しかし一人ひとりの存在を問わずに、仏教は学べないのです。
つまり仏道とは、一人ひとりが存在の法に照らして自己を確認することでなければなりません。

浄土真宗にようこそ(113/06.11)
「諸行無常」とは、誰もが思いを超えて流動的だということです。
それは存在論的な応答なのです。
インドでも中国でも、存在論的な応答は謎でした。
ですから、それはきわめて深い人間学だった言えます。
「諸行無常」とは、理性が考えた存在者という概念ではありません。
それは人間を深く応えています。
問いではなく、それは存在そのものに的確に応答した記録なのです。
20世紀に、フッサールが問いを発しました。
「ヨーロッパ諸学の危機」と、彼は最終的に問い直しています。
ギリシャ以来の学びは、概念の追求で終わっていたのではないかというのです。
人間そのものへの学びが、理念で潰されていたというのです。
これは大きな問いですが、答えはまだありません。
しかし学びの方法論が問い直されました。
「諸行無常」という仏教は、リアルな人間存在の構造から明らかにしています。
そこに開かれた人間把握こそ、存在へのリアルな応答でした。

浄土真宗にようこそ(114/06.12)
「諸行無常」という言葉で、ブッダとサンガは深く覚めていました。
そしてサンガの歴史から、大乗の学びが新たに展開します。
大乗の経典は、深い法(dharma)を明らかにします。
それを成し遂げたものが、法に覚めたサンガの事業でした。
大乗仏教は、そのままに三宝の歴史の賜物なのです。
どんな宗教もが目指した真実の開陳、それが仏教にはあります。
「諸行無常」とは、存在の実像なのです。
そしてこれに覚めた人々の、大いなる回向なのです。
「諸行無常」を知らずに、人間の道は閉ざされます。
「諸行無常」において、人は真実の生命を全うします。
それは存在の深みを我として、一切の生命を引き受けた歩みになります。
理念や概念は人間を解釈しますが、存在の実証ではありません。
「諸行無常」において、人は誰もがブッダとともに大道を行くのです。
一人の人間の上に、人類の学びを確認する。
人の上に大道が示現されて、真如の言葉はその人の上に名告ります。

浄土真宗にようこそ(115/07.01)
「諸行無常」は、淋しさの表現ではありません。
かえって能動的な存在の道理を示しています。
「諸行無常」のおかげで、私たちは成長し学びます。
「諸行無常」のおかげで、私たちは聞法します。
19願という日常性を超えて、20願の聞法生活に真如が響きます。
18願の真実は、19願では実現しませんが…、
20願の生活に自ずから自らを示現して来ます。
「諸行無常」とは、生存の事実に即応しています。
聞き続けるなら「教えざれども自然に真如の門に転入する」
と親鸞は和讃に讚歎しています。
「諸行無常」自体は、永い仏道の大きな遺産です。
私たちは人類共有の遺産を大切にするだけです。
その遺産の実現する場を持てたなら、仏恩報謝です。
仏道の成果を受けた人を通して、仏道自体も満足成就するのです。

浄土真宗にようこそ(116/07.02)
「諸行無常」から「諸法無我」。
「諸法無我」が、私たちの課題です。
「諸法無我」のためにこそ、聞法があります。
菩薩十地の第八、不動地に大きな展開があります。
七地沈空を突破する秘密が、実にさりげなく語られています。
ここに八地に入る菩薩に、諸仏が八地の菩薩を讚歎します。
諸仏の七勧と呼ばれていますが…。
無量寿経で言えば、17願との出遇いです。
諸仏称讃を承けて、菩薩の内面に大きな変化が生まれます。
自力の回向を超えた、他力回向の世界が見えて来ます。
「諸法無我」の世界は、自分で力んで見いだすものではないのです。
それは真如の行ずる事実に覚めるのですが…。
第八地の菩薩は、真如の回向に覚めて八地に安立します。
偉大な菩薩は、一切衆生の救済を自己の上に見ます。
偉大なままにこの菩薩は、底下の凡愚とともに救われる大道を見ています。
龍樹なども易行品を書きますが、それは八地の菩薩の大きな転換のうえのことです。
「諸法無我」とは、本当の人間を見つめる大地なのです。

浄土真宗にようこそ(117/07.03)
北朝鮮の核武装には、世界が震撼しました。
何かわざとらしいアナウンスを、私などは昔の日本を想起します。
「大本営発表…」で始められる虚偽の戦況。
そっくりまねをしている北朝鮮。
笑うべきか嗤うべきか。
悲しい人間の事実に、世界は解決の道を知りません。
力で押し通す、折り合いをつけて押し通す。
この方法しか、世界が知らないなら。
実に人間は絶望的です。
かといって、韓国の融和政策も半端です。
もっと深く、ホモサピエンスという種族の本質を問い直したいものです。
それは、単純な理性の作業くらいでは済まされないものです。
人類発生の動機から問い直されるべきです。
人類発生の動機を、誰もが所有しています。
ただ、無明という理性に覆われているのです。

浄土真宗にようこそ(118/07.04)
人類発生の動機は、人類のものでありながら人類を超えています。
それを問う問いは、人類の存在そのものが識っています。
唯識の学問では「恒転如暴流」とあります。
私たちの存在主体が、理性をこえて爆走しているというのです。
どんな理性的判断をも引き受けていて、しかもそれらを超えてつつんでいるもの。
それが人類発生の動機なのではないでしょうか。
人ならば、誰でもが識る不思議な深みがあります。
母親に殺される幼い娘の全身に、世界を破る深い心情が発します。
それは理性を超えていて、しかし誰の内面にもおきるものです。
人は、この意味では誰もが求道的なのです。
菩薩にしか出来ないように想われていても、厳然として人におきるのです。
世を超えて、人はその存在の根底を問い続けています。
文化とか文明という理性の枠の中ではなく、生命の根源の動機。
そういうものが、21世紀には抹消させられようとしています。
教育環境が、総て理性一辺倒になって…。
理性より深い、人間そのものの尊厳を押し込めているのです。

浄土真宗にようこそ(119/07.05)
人類発生の動機は、誰もの理性によって妨げられています。
それを佛教では無明といい、キリスト教では原罪と言うのだと思います。
理性の横暴が、一面では世界をダメにしています。
理性を否定することは行き過ぎですが、理性をあげての懺悔が望まれます。
理性は理性を超えた叫びに謙虚であるべきなのです。
なのに政治・経済・世界情勢は、理性の暴走を許しています。
合理だけが優先するという賢さが、存外理不尽な暴力になっています。
戦争がそうです。功名心がそうです。ヒロイズムがそうです。
この三つとも、勝っても空しいものなのにのです。
力と暴走によって、誰もが空しい点にされてしまっています。
人間の尊厳は「空しくその他大勢」の中に捨てられます。
一人一人にみなぎる人類発生の動機は、封印されています。
権力という暴力は、一人一人をのっぺらぼうにします。
そして人間格差が、勝ち組と負け組を際立たせます。

浄土真宗にようこそ(120/07.06)
「三願転入」は、親鸞独自の本願了解です。
が、実に大切な教学を残したものです。
七祖伝承の教学ですが、世界に冠たる信の位置づけです。
ここまで信を語った宗教はありません。
いわば総ての宗教に、親鸞の教学は開放されるべきものなのでしょう。
私たちは親鸞の教学を、閉鎖的に温存していないでしょうか。
18.19.20.と並んだ本願、親鸞は本願の深さを見つめました。
と同時に、親鸞は真実信心というものを精密に示したのです。
19願=修諸功徳の本願は、総ての人の日常的な信を語ります。
20願=植諸徳本の本願に、問題意識が見つめられます。
それは超世の仏道の始まりです。
その20願は、半自力であり半他力だと教えられます。
この20願にこそ、私たちは立ち上がるのです。
20願に立って、初めて人は曠劫来流転を知ります。

浄土真宗にようこそ(121/07.07)
19の本願で、凡夫はまだ見えません。
20願という法を聞く場に、罪業深重の自己発見があります。
その20願・「植諸徳本の願」に、私たちは仏道の歩みを与えられます。
20願から、初めて19願の実態が全部見えるのです。
それは仏道が開いている、衆生救済の大行を見ることにもなります。
20願を忘れて18願を欲しがると、それは闇取引になります。
20願において、自らの歩みの場を確立する。
そこに20願の開かれている意味があります。
半自力とは、凡夫だということです。
しかし半他力とは、一切衆生に法は平等だと教えます。
18願とは、20願の自然の転入だと親鸞は言いました。
私たちは、人間として(20願)遥かに18願に接してゆくのです。
それを往生決定と言います。
決して成仏したとは言わないのです。
20願こそ、人間確立の場だったのです。

浄土真宗にようこそ(122/07.08)
曽我先生が、「清沢満之生誕100年」の記念講演で言われました。
直前に話された鈴木大拙先生の言葉を、痛烈に否定して。
「清沢満之は生きている」というのが、大拙先生の講題でした。
「清沢満之が生きている、そんな馬鹿なことはありません」
というのが第一声でした。
「清沢満之が生きていれば、100才です」
だから馬鹿な事だというのでした。
「しかし、先生が生きておられるとすれば、
それは私たちの宿業の中に生きておられます」
「親鸞教学3」にこの記事が掲載されていますが、やわらかく編集されています。
宿業の自覚そして仏道の歩みは、20願を場とすることなのです。
往生と成仏は違うということは、実に大切なわきまえです。
大拙先生は、楽しげに成仏道を語られました。
対するに量深先生は、広い人間の往生道を外されませんでした。
私たちの往生道は、20願の大きな広がりを生きることなのでした。

浄土真宗にようこそ(123/07.09)
浄土は、広大無辺際だと表現されています。
が、大きな世界へ、大勢が居候するようなものではありません。
その世界に触れた人々が、全員で広大無辺際の人として生み出されるのです。
菩薩たちが十方から往還されると書かれていますが…。
この国土の広大無辺際なる意義に満たされてゆくのです。
浄土に往くというのは、如来の涅槃を回復していやされるのです。
魅し限定がありますが、その存在の意義は広大無辺際なのです。
それは誰もが「広大無辺際」であり、
「超・絶・去」といわれる根源の生を教えるものです。
仏道が語る浄土を忘れると、美しい国などという幻想が去来します。
浅い理性が模索しても届かない本来性を知らないと、愚かな結果を導きます。
世界の60億を超える人々の、その存在の根源に誰者尊厳があります。
それは一人一人別々でありながら、超世の世界を開きます。
浄土を架空なものとしか考えられない人は、生命を知らないもののことです。
そういう指導者が間違えるものは、国家という幻想です。
生命が先です。
国家は末梢的なものです。
生命が築いた世界は、何時でも美しいものなのです。
こざかしい人為を、捨てて欲しいものです。

浄土真宗にようこそ(124/07.10)
「地獄・餓鬼・畜生」という三悪道。
本願の第一願も「無三悪趣」の願です。
三悪道と三悪趣、「道」と「趣」はインドでは(gati)という言葉です。
菩提(bodhi)の翻訳も道ですが、意味が全く違います。
gati は至り着いた所というようなに意味です。
六道全体は、実は我われがいたり着いている場所なのです。
新聞を開かなくても、一ページ目から三悪道です。
パンドラの箱を開けたように、evilが一杯。
僅かにhopeが見られるだけです。
つまり私たちは、三悪道にどっぷり浸かっているのに自覚がないのです。
情報とだけ、地獄・餓鬼・畜生の記事を読み捨てているのです。
韋提希は、地獄・餓鬼・畜生が満ちみちていると言いました。
その絶望が、情報や理念の世界を超えさせられていたのです。

浄土真宗にようこそ(125/07.11)
三界の道を勝過しているという国土は、仏道の国土です。
無三悪趣の願から始まる荘厳国土は、人間の根源的な変革を可能にします。
地獄とは、言葉の通じない世界です。
世界中の人間が揺すぶられている戦争、ここにも言葉が通じません。
一方的な言葉が行き交って、相手には通じてはいません。
地獄は、新聞では情報として現れています。
が、満ちあふれている戦争という地獄は、正当化さえされています。
仏道の国土は、こんな卑劣な国土とは土台が違います。
戦争は、人間の理性の産物です。
そして理性の主人公である人間が、最も痛めつけられています。
殺し合いが、地獄の通例です。
この殺し合いが、新聞記事として毎日報じられます。
誰もが、簡単に読み流しているのです。
地獄は、他人事だから通過します。
果たしてそれは、他人事なのでしょうか。
韋提希のようにその場に立たされたら、私たちに何が出来るのでしょうか。

浄土真宗にようこそ(126/07.12)
三界の道を勝過しているという国土は、仏道の国土です。
無三悪趣の願から始まる荘厳国土は、人間の根源的な変革を可能にします。
地獄とは、言葉の通じない世界です。
世界中の人間が揺すぶられている戦争、ここにも言葉が通じません。
一方的な言葉が行き交って、相手には通じてはいません。
地獄は、新聞では情報として現れています。
が、満ちあふれている戦争という地獄は、正当化さえされています。
仏道の国土は、こんな卑劣な国土とは土台が違います。
戦争は、人間の理性の産物です。
そして理性の主人公である人間が、最も痛めつけられています。
殺し合いが、地獄の通例です。
この殺し合いが、新聞記事として毎日報じられます。
誰もが、簡単に読み流しているのです。
地獄は、他人事だから通過します。
果たしてそれは、他人事なのでしょうか。
韋提希のようにその場に立たされたら、私たちに何が出来るのでしょうか。

浄土真宗にようこそ(127/08.01)
餓鬼道とは、絵空事ではありません。
現代では、世界経済全体が餓鬼道ではないでしょうか。
「経世済民」から得られた文字だそうですが…。
今では、大きなシステムが自己本位に利益を追うだけの構造です。
たとえば地震災害のボランティアや寄進は、零細な人々のものです。
大企業が、億兆単位の寄進をした試しがありません。
勝ち組は、庶民という名の膨大な負け組の面倒は見ないのです。
 国家までが、庶民を二の次にします。
餓鬼道とは、現在見えている総てのありようなのです。
誰かの問題ではなく、誰もの緊急の課題なのにです。
世俗は、何一つあてにはなりません。
しかも生きている大切な個人すら、宛てにはなりません。
すべてが有為なのですから、やがては消滅します。
しかしながら、誰もがその存在において貴重な歴史を生きています。
餓鬼道で己を失っていても、その存在の尊厳は世を超えて事実なのです。

浄土真宗にようこそ(128/08.02)
畜生とは、求めて得た物に隷属して人間性を失っていることです。
金の世の中といいながら、金にこき使われています。
仕事人間だといいながら、仕事に追いつめられています。
人間は、世間の何者にも隷属しないものです。
システムや会社や国家や世界に対しても、人間は別物なのですから。
いわゆる娑婆の何かに携わってはいますが、誰だってもっと深いものです。
仕事人間などというのは、全くの幻想です。
せいぜい8時間、仕事で我が身を保てばよいのです。
残りの16時間は、人間そのものに捧げなければおかしくなるのです。
おかしな人間しかいない、それが畜生道なのです。
知足という言葉は、大無量寿経にも書かれています。
「少欲知足」から、菩薩道が開かれます。
自らに足る事を知らない無駄遣いが、現代の病です。
足ることを知らないと、他の多くの同朋を苦しめてしまいます。
畜生が餓鬼道を形成して、奪い合いの世界が現代なのです。
嫌な文明が、人間を覆っている。
三悪道を三悪道とも知らない時代なのでしょうか。

浄土真宗にようこそ(129/08.03)
「有為の奥山けふこえて」と、いろは歌は言います。
有為とは、我々が現実と呼ぶ一切を言います。
対するに、無為は思いを超えた真実のことです。
ということは、有為を宛てに生きてはいますが…、
有為とは宛てに成らないということです。
我々が現実と呼ぶ一切は、我々の勝手な想像だというのです。
世間もその物事も、自分自身すら宛にはなりません。
唯識の学問は、世親(4〜5世紀)菩薩のたどられた足跡です。
我々の意識は、現代までを構築しました。
が、それは人間の勝手というものです。
意識といいましたが、理性も含めて深い感覚を秘めています。
しかし意識こそ、すべてを人間の論理で勝手に構築します。
が、その意識だけは実際に働いて存在しています。
世界は勝手につくられたものですが、それを構築した意識は実在しているのです。
その意識自身に深く、鋭い分析をした人が世親菩薩です。
その世親が最終的に述べた仏道が、願生道です。

浄土真宗にようこそ(130/08.04)
有為の奥山は、宛てにならない我々の世界です。
いろは歌は、これを超えて生きろと歌います。
世親菩薩は、唯識の学びを大成して願生道を示されています。
仏道を挙げて、一人の念仏者として最後の生を確保されました。
ここに有為の奥山を、いかにして越えるかが示されています。
人間は大きな生命海の中で、小さく自分を決めます。
そして本来的な生命を、小さく見積もってしまうのです。
こういう小さな自己に死んで、大いなる生命界に還る。
それが「往生(=utpadya)決定」なのです。
法蔵菩薩は、大いなるブッダ世自在往仏わ見ました。
そして雄大な決断を持ちます。
その雄大さは、現代人の忘れた決断です。
現代人は、目先の小さな目標だけにこだわります。
本来の生命は、雄大な悲願に目覚めてこそ覚醒します。
それを「往生治定」と、私たちは学ぶのです。

浄土真宗にようこそ(131/08.05)
インドでも5月から雨期に入るかのようです。
釈尊を始めとして、無数の弟子たちが集いました。
それが雨安居です。 三ヶ月たって八月の十五日、釈尊は語られます。
「一つの道を二人して行くな、一人してゆけ」と。
真宗では「一人居て賑やか」といいました。
一人の人の上に、一切衆生・一切諸仏との呼応があるからです。
曽我量深先生は、大悲と呼応するという言い方をされました。
光明に遇うなら、厳しい愚かさが見えます。
が、如来の寿命に出遇うなら、摂取不捨の世界を賜るのです。
日々の暮らしが、往生の道場であり学びの場なのです。
真宗は、誰もの生存に深い眼差しを注いでいます。
親鸞聖人の90年の生涯は、豊かな仏道の世界だったのでしょう。
ながく尊い、ご一生だったと思われることです。

浄土真宗にようこそ(132/08.06)
無量寿経には、不要な余計な部分があります。
三毒・五悪段などもそうです。
主として中国の道徳に対応させたものです。
しかし、こういう問題を知り尽くした人がこの経典を翻訳したのです。
訳者について、いくつもの仮説があります。
ちゃんと康僧鎧(サンガバルマン)と書かれているのですが…。
誰にしても、経典の翻訳者は大切な役割を果たした人たちです。
親鸞には七高僧という歴史を貫くサンガが見えていました。
が、経典の翻訳者もまた七高僧に匹敵します。
彼らは、仏道を支えたサンガなのです。
浄土の三部経だけでも、三人の名前が知られています。
鳩摩羅什(くまらじゅう)と?良耶舎(こうろうやしゃ)なのですが。
この二人が、浄土教にとって大変な功労者です。
阿弥陀経と観無量寿経は、実に多くの人々に読まれています。
多くの人々の、存在の闇を寺下に違いないのですから。

浄土真宗にようこそ(133/08.07)
龍樹には難易二道・天親に入出二門・そして曇鸞に往還二迴向
道綽には聖浄二門判・善導に二種深心。
ついで報化二土を指摘されたのが源信僧都です。
法然上人からは、何がでるのか…。
七祖のほとんどには二という数字がついて回ります。
実に明確な教証ですが、これらは実は本願が自ら歩んだ跡です。
七祖といいますが、本願は七祖を貫いてその真実を語り継いだのです。
無量寿経の本願を、七人が勝手に解釈したのではないのです。
龍樹には「行」の易行の決定がああります。
残りの六祖は、「信」を確認しています。
法然上人こそ、本願の信を確認した人です。
その法然から始まって、七祖全体の本願の教学を大成したのが親鸞です。
それは本願の歴史を受けて、本願によって確立した教学でした。
真宗とは、仏道の真髄をさしたものです。
親鸞の受け止めた真宗は、日本から開放して世界のものに返すべきです。

浄土真宗にようこそ(134/08.08)
フッサールが残した学業は、今では人間の存在を問う哲学になっています。
科学が理念的には正しくとも、生きた人間そのものを失ってゆく。
真実の人間の学がなくなれば、誰もが不幸だと。
フッサールの手がけた仕事は、キリスト教圏での革命的な学びでした。
諸学が全部危機に瀕していると、フッサールは言いました。
もしフッサールが、天親菩薩の学びを知っていたら…。
この間1600年の隔たりがあります。
が、天親菩薩の学びまでが、現代の蒙昧の中に埋もれています。
それは単なる宗教ではなく、人間の大道だというのにです。
フッサールの叫びは、現代では天親菩薩の学びにも適合します。
仏道は、天親菩薩にとっては人間成就の大道でした。
天親菩薩は、小乗の学びから大乗の学びへのすべてを尽くしています。
その念仏の生涯は、仏道の完璧な形を示しています。
天親一人の救いには、人間すべてが応えられる大道があります。
フッサールが求めた問題だけではなく、天親菩薩はその答えを示しています。

浄土真宗にようこそ(135/08.09)
曇鸞大師の学びは、徹底して人間の存在を照らしています。
「願生偈」を釈しているのに、いきなり龍樹から書き出します。
二人の菩薩と呼ばれた仏道に生きる人を、まとめて見据えているのです。
そういう見据えを促したものが、本願です。
「無量寿経」を共通に学んだ二人の菩薩たちには、
如来の行と如来の信を語る二人の菩薩が伝えたかったものが解っていたのです。
迴向というも、本質的な迴向は如来の迴向だけなのです。
人間の努力は大切ですが、その人間の領域を貫く行があるというのです。
曇鸞大師には、二人の菩薩たちの人間成就が見えていました。
人間は、上昇志向だけではまだ半端なのです。
二人の菩薩は、一人の人間(凡夫)に還って、一切衆生の往生を得られたのです。
そういう二人の菩薩の信心を、曇鸞は自分の上にも認めたのです。
人間の成就とは、その存在の本来に還ることです。
曇鸞大師には、大きな懺悔と確信が成立しています。
五逆と誹謗正法への懺悔と、本願力回向の確信です。

浄土真宗にようこそ(136/08.10)
曽我量深という先生は、画期的な人でした。
しかしながら、清沢満之との最初の出遇いは精神主義への疑念でした。
結局、精神主義に大切な意義を見いだされて満之を師と仰ぎます。
が、その精神主義を、曽我量深は一層深めるのでした。
精神という名のもとに、曽我先生は世親菩薩の学びを引き受けます。
本願の三心を、阿頼耶識によって掘り当てます。
世親菩薩も画期的でしたが、曽我量深も画期的です。
単なる精神主義では、世間の域を出られません。
仏道は、出世間の大道なのです。
「無量寿経」の「願生偈」を書いた世親。
あれは世親が書くはずがない、とまで言う人がいます。
けど、それは世親でなければ書けないものなのです。

浄土真宗にようこそ(137/08.11)
世親菩薩は、一つひとつ学んで大乗を極めた人でした。
「願生偈」は、そういう世親でなければ書けないのです。
また、世親だからこそ「願生偈」を書き残されたのです。
一人の菩薩が、本当の菩薩になった時です。
一人の菩薩には、一切衆生の救済が見えているのです。
一切衆生の救済とは、凡夫救済の仏道のことです。
そしてそれは、そのままに一人の菩薩自身の豊かな救済だったのです。
そういう世親菩薩の、唯識の学びを曽我先生は見つめました。
曽我量深にも、96年のひたすらな歩みがありました。
大乗の菩薩世親が示した、人間救済の大道を。
画期的に、曽我量深は示しました。
それが現代の、私たちの仏道なのです。
浄土真宗といいます、それは宗派では覆いきれないものです。
それはあくまでも、出世上道なのですから。
本来的に、全人類いや生きとし生けるものの至宝なのです。

浄土真宗にようこそ(138/08.12)
親鸞が親鸞になったその時。
それは「歎異抄」の後序と「御伝抄」に出ています。
いわゆる“信心諍論”という出来事です。
ともにこれは、唯円によってもたらされたもののようです。
浄土宗には伝えられていないし、本願寺系統独自の伝承です。
が、師匠の法然上人と、信心が同じだという発言は大切です。
もし信心が違っているなら、だれだって法然の弟子ではありません。
それは単なる「取り巻き」でしかないでしょう。
弟子が一人出来た時、法然には仏道の成就がありました。
このことを親鸞は後になって和讃で謳っています。
「平等心をうるときを
一子地となづけたり
一子地は仏性なり
安養にいたりてさとるべし」
とありますが、この一子地については、涅槃経を参照にしています。
しかも、信巻の信楽釈にそれを引いています。

浄土真宗にようこそ(138/09.01)
「平等心をうるときを
一子地となづけたり
一子地は仏性なり
安養にいたりてさとるべし」
という和讃には、法然と平等に仏道を見つめている姿があります。
何も師匠の法然と等しいと言ったのではありません。
仏道の信心において、平等が言われています。
遙かに釈尊の時代にも、弟子達はこの仏道を得ていたのです。
「私には三つの明かりがあります」という言葉。
弟子達は仏道に立って、釈尊と平等の大道を見つめていたのです。
「三つの明かり」は三明ですが、一人一人が持つ仏道の存在意義なのです。
それは釈尊にもあり弟子たちにもあり、法然・親鸞にもあるものなのです。
「私には三つの明かりがあります」のあとに、弟子達は言います。
「ブッダの教えは成し遂げられました」と。

浄土真宗にようこそ(139/09.02)
畜生とは、求めて得た物に隷属して人間性を失っていることです。
金の世の中といいながら、金にこき使われています。
仕事人間だといいながら、仕事に追いつめられています。
人間は、世間の何者にも隷属しないものです。
システムや会社や国家や世界に対しても、人間は別物なのですから。
いわゆる娑婆の何かに携わってはいますが、誰だってもっと深いものです。
仕事人間などというのは、全くの幻想です。
せいぜい8時間、仕事で我が身を保てばよいのです。
残りの16時間は、人間そのものに捧げなければおかしくなるのです。
おかしな人間しかいない、それが畜生道なのです。
知足という言葉は、大無量寿経にも書かれています。
「少欲知足」から、菩薩道が開かれます。
自らに足る事を知らない無駄遣いが、現代の病です。
足ることを知らないと、他の多くの同朋を苦しめてしまいます。
畜生が餓鬼道を形成して、奪い合いの世界が現代なのです。
嫌な文明が、人間を覆っている。
三悪道を三悪道とも知らない時代なのでしょうか。

浄土真宗にようこそ(140/09.03)
仏道が正しく見つめられるなら、個人の個性は違っても構いません。
師匠と同じになる必要は、さらさらないのです。
しかし共に仏道において、平等に包まれます。
仏道において、人は広く人類の成就を見据えます。
「平等心をうるときを
一子地となづけたり
一子地は仏性なり
安養にいたりてさとるべし」
という和讃は、親鸞の仏道参加の確信だったのです。
真実信心は、瞬間ですが人に響きます。
が一瞬です、有漏で有為の身を持つ私たちも真実に響くのです。
が、それは私を超えたものです。
そういう仏道が、有漏の穢身の上にも実現される。
そういう仏道を、法然が語り親鸞が受け止めたのでした。

浄土真宗にようこそ(141/09.04)
一瞬の信心を、18願に基づいた至心・信楽・欲生の心というのです。
就中、信楽は如来の仏道が凡夫に実現している形だと言われています。
しかしながら、私たちは日常性の中でこういう瞬間を維持できません。
維持できる大切な聞法の場は、20願でよいのです。
というよりは、私たちに開かれている場が20願の信心なのです。
けれども、20願は19願とは極めて重大な違いがあります。
「定散自力の称名は
果遂の誓いに帰してこそ
教えざれども自然に
真如の門に通入す」
という親鸞の和讃も、大切なことを語っています。
「20願に生きてよい、それは必ず仏道を実現する」と親鸞は言っています。
個性や生活や環境が違っても、聞法一つが世界を変えるというのです。
世界が、仏道によって確立されるというのです。

浄土真宗にようこそ(142/09.05)
フッサールという人、未だに問題に生きています。
現象学という学問が提唱されて、百年続いています。
現象学が生まれて、存在論・構造主義へと。
学問は、厳密さと真実を求めて深まります。
形而上学の命運をかけて、ヨーロッパの知性は苦闘し続けています。
フッサールが提出した、人間存在への問いとその深まり。
あくまでも問いがその命です。
その応答の側から、悠然と人間そのものの答えを出して世親菩薩がいます。
フッサールとは1.600年もの開きがありますが。
仏道の答えは、20世紀のフッサールへと響いています。
21世紀、人々は仏道を忘れ果てています。
が、人間学として、仏道はヨーロッパの知性に答え始めているのです。
ヨーロッパの知性は、知性を超えている人間そのものの経験の深さを、
ようやくに見いだしたのです。

浄土真宗にようこそ(143/09.06)
フッサールは、カントまでの哲学の歴史を括弧にいれます。
形而上学が手にした結論は、知性の勝手さにけがされているというのです。
知性が描く結論の総てを疑って、その知性を載せて生きている人間そのものを。
と、フッサールは問いを起こしました。
仏道においては当たり前の、有為・有漏を否定して。
無畏・無漏の存在の真実を、ヨーロッパが始めて問うた。
そういうフッサールの学びが、今も生き生きと受け継がれています。
何かが、今の日本から全部抜け落ちています。
知性だけで見つめる人間、それはあくまでもシミュレーションです。
そういう知性そのものは、経験という存在の責任を知りません。
経験した限りの結果をシミュレーションはできても…。
経験そのものは、知性が動く直前に終わっているのです。
ただ、仏道ではそのような経験の蓄積を宿業と受け止めます。
そして、そういう宿業は、知性ではなくて聞法に極めるのです。
人間の存在の尊厳は、真如法性の法によって示されます。
私の上に発っても、それは法の顕現です。
真実は、このように答えられるのですが。

浄土真宗にようこそ(144/09.07)
フッサールが引き起こした現象学は、今では唯識の学に手がかりを求めています。
人間の存在の尊厳の学びは、人間を超えてこそ学ばれます。
仏道では当たり前のことが、今後の形而上学はどうするのでしょうか。
人間の不思議・存在の不思議は、一言「横超斷四流」と示されています。
フッサールに始まった問いは、正しい問いです。
しかしながら、問いが問いを続けただけでは済まされないでしょう。
とは言うものの、簡単な答えもないのです。
人間にとって本来的なものは、知性を超えて知性以上に本来的に答えられます。
一如・真如、無為・無漏とは、2.500年来の仏道の人間学の姿を示しています。
南無阿弥陀仏とは、こういう次元の横超を教えたものです。
南無阿弥陀仏は、総ての人間を諸仏と見据えて動きます。
総ての人間が、諸仏として賞讃しあう大道。
それが阿弥陀仏の本願の大道であり、偉大な世界を拓くというのです。
こういう横超の念仏を、仏教界も知らないくらいですから。
フッサールを含めた世界が知らないということは、重大な問題です。

浄土真宗にようこそ(145/09.08)
「念仏者無碍一道」という言葉は、全世界へのメッセージです。
「念仏」も「念仏者」も、今でも世界のキーワードなのです。
そして「無碍」も「一道」も、大切な言葉です。
念仏は、念仏者を仏道の人にします。
そしてその人を「無碍の一道」の人たらしめるというのです。
こういう言葉は、誰かに発ったとしてもその人を超えて発っています。
フッサールから始まった現象学の流れは、何かこういう念仏を思わせるのです。
「本来的でしかも根源的な人間とは何か」という問い。
短絡した答えを拒絶して、ひたすら本来的なものを目指す。
人が単純に人として求めるなら、それはその人を押しつぶすほどの問いです。
けれども、ブッダによって示された仏道は始めから根源的です。
帰依三宝から始めて、仏教者は菩提・涅槃を求めます。
一人の存在も、広く生命存在の広がりも、ここに見つめられてきます。
「念仏者無碍一道」という言葉は、仏道全体から発せられたメッセージなのです。
仏道から発せられ、仏道を失わずにやってきたメッセージなのです。

浄土真宗にようこそ(146/09.09)
信巻の冒頭に「常没の凡愚、流転の群生」とあります。
「無上妙果の成じがたきにあらず。真実の信楽実に獲ること難し」と続きます。
「1.無上妙果の成じがたきにあらず」では万人の救い、
「2.真実の信楽実に獲ること難し」では信の深さが裏にあります。
合わせて言えば、真実信心=信楽に万人の救いが在るということになります。
ここに仏道を集大成する親鸞の姿が鮮明に知られます。
信を天親菩薩の「一心」と見立てて、天親の救済がここにあると示します。
大乗の菩薩たる天親は、偉大な賢者なのでしょう。
が、万人とは全くその能力において違うのです。
此の菩薩の仏道からは、ほとんどの人達が漏れるのです。
けれども、無量寿経の論である「願生偈」の一心は…。
天親という人の、凡夫(人類)の自覚と言えないでしょうか。
そしてそこに、万人の仏道が天親にも開かれていたのです。
天親菩薩は、阿弥陀仏の本願に準じて、信楽を受持しています。
それは決して無上妙果ではないものの、確実な仏道の勝因なのです。
無上の妙果は、凡夫には向かないものです。
ただし、その妙果へ向かう仏道の勝因は凡夫(人類)のものなのです。

浄土真宗にようこそ(147/09.10)
「常没の凡愚、流転の群生」という言葉は、聞法によって開かれたものです。
いわば20願からなら言えるのですが、19願で言う言葉ではありません。
19願の世界が、私たち万人の日常生活の総てですが…。
法を聞く、仏道を知る、自己を学ぶということが20願です。
「植諸徳本の願」と呼ばれていますが、20の願は単なる日常性ではありません。
20願から19願を見つめているのです。
そして、20願は19願を捨てたのではありません。
かえって逆に、20願は19願を生きる限り聞法の素材にしてゆくのです。
それが往生決定です。決して無上妙果という仏果を得たのではありません。
が、人間が人間として学ぶべき課題を鮮明にしたのです。
ブッダの時代、三明を得たと弟子達は言いました。
1.宿命智通、2.天眼智通、3.漏尽智通がそれです。
1.宿命と2.天眼は、智慧の主体の濃密な主体の構成素材なのです。
1.宿命とは、存在者の存在を作り続けてはきた歴史なのです。
2.天眼は、いかなる世界とも関わる新しい主体の智慧の営みなのです。
そして3.漏尽とは、聖者として煩悩がないということではありません。
生きている聖者は、凡夫を拒絶します。そんな聖者は、耐えがたい欺瞞の人です。
3.漏尽とは、煩悩が尽きたのではありません。
煩悩を「尽くしてゆく」のであって、根源的な人間の学びをえたことを言います。

浄土真宗にようこそ(148/09.11)
煩悩を「尽くしてゆく」という在り方を、ブッダの弟子達は確信していました。
「煩悩が尽きた」という言い方も、ないわけではありませんが…。
「漏尽比丘」とは、生き続けている人達です。
彼らは、仏道を生きていますが涅槃した訳ではありません。
そして人をやめたわけではありません。
彼らの上に在る仏道とは、聞法する生存です。
しかしその人の生存は、凡夫一般と同質なのです。
ブッダによって「18願の信」といいますか、真実に触れました。
しかし瞬間の「18願の信」は持続しないのです。
しかしながら真実に触れたら、「19願の信」という日常的な浅いレベルに帰れません。
「20願の信」による凡夫でありながら、この凡夫を道場とする深い仏道に立つのです。
聞法とは、廣い人間全体を法によって確かめて生きる在り方なのです。
決して万人を抜きんでた英雄主義ではなく、一人の凡夫でいいのです。
「20願の信」に生きる仏道が、往生人たちの仏道だと言えるようです。
「教えざれども自然に、真如の門に転入す」と和讃にあります。
親鸞の仏道は、「定散自力の称名」ではなく。
「果遂の誓いに帰してこそ」と言われる、20願の信から始まるもののようです。

浄土真宗にようこそ(149/09.12)
19願の信を世俗の信といいます。
すると20願の信は、出世の信です。
信は、広がるのではなくて、立体的に深まるのです。
そして18願の信は、超世の信です。
我々にも響きますが、我々を包む世界からのものです。
この超世の信に触れてこそ、三願の転入が成熟します。
私たちは、凡夫でよいのです。
無上菩提の因を賜ればよいのです。
往生決定こそが、一切衆生の救済を実現します。
「往生と成仏」、早まらないのが大切です。
本願の仏道は、一切衆生を救う偉大な仏道です。
龍樹は、その意味の仏道を「易行」と示しました。
龍樹自身も、凡夫と同じ大地に立つと示したのです。
偉大な仏道を明かして、自らも仏道の因に生きるのです。
その易行に、私たち人間の信は響きあうものと考えて良いでしょう。

浄土真宗にようこそ(150/10.1)
19の願で語られている人間は、一般的です。
義理人情で固められて、頭を下げる世界です。
が、頭の下がるという経験があれば、それは深く立体的な経験です。
20願の世界とは、頭の下がった世界なのです。
日常的ではなく少ない経験なのですが、大切な経験です。
真実に触れて、人は日常性を超えます。
ただし日常性を捨てたのではありません。
かえって、日常性が新しく把握されているのです。
そういう立体的な構造を、真実信心の構造とします。
誰もの精神は、実は立体的で深い構造を持っています。
そういう深さを成立させるものとして、原理的世界があります。
それが超世の信として知られる、仏道の真如の背景です。
18願の信とは、そういう仏道が人間に反映している感覚なのです。
18願の信は、私たちに起きつつ瞬間に消滅します。
それは持続を許さないのです。
が、凡夫の上にも、仏道は確実に反映されるのです。

浄土真宗にようこそ(151/10.2)
18願の信を得たというのは、微妙です。
純粋な仏道体験は、私たちの仏道成就の因なのです。
私たち自体は、凡夫です。
仏道に生かされますが、仏道を操作してはならないのです。
仏道が、凡夫に反映される。
それを18願の信と呼ぶのです。
三願転入の文というものがありますが、そこに親鸞は言います。
「速やかに難思往生の心(20願)を離れて、
難思議往生(18願)を遂げんと欲う」と。。
「遂げんと欲う」というのは、遂げる確信になっています。
そして「果遂の誓い(20願)、まことに由あるかな」と結んでいます。
凡夫往生の確信が18願によって導かれる20願なのです。
これが、実は偉大な仏道を語っています。
凡夫往生を抜いたら、仏道は狭い窮屈なものでしかありません。
が、人類全体を救うほどの仏道が、この20願には示されます。
「まことに由あるかな」という仏道が、本願の仏道なのです。

浄土真宗にようこそ(152/10.3)
「定散自力の称名は、果遂の誓いに帰してこそ
教えざれども自然に、真如の門に帰入す」
という和讃があります。
仏道は、はるかな仏果を得ることではないのです。
はるかな仏果を得る仏道を、普通の人の植えに見る。
大切なことではないでしょうか。
曽我先生に、「往生と成仏」という講演が幾つか残されています。
成仏という遥かな課題を、無理に開けというのではありません。
往生という人類的な仏道を、正しく受け止めなさいというのです。
往生の正因として、「果遂の誓い」の信に立てというのです。
真如の門は、こちらから開かなくても自然に開けるというのです。
凡夫往生の仏道、本願の仏道が雄大な往生を語っていたのです。
これはもう、浄土真宗という宗派の問題ではありません。
浄土の真宗と呼ぶべき仏道を、人類に捧げなければなりません。
親鸞の三願転入には、仏道の本来性が語られているようです。

浄土真宗にようこそ(153/10.4)
「無量寿経」と「華厳経」全く別個の経典に見えます。
実際に聖道門と浄土門を代表する経典に見られています。
けれどもこの二つの経典は、存外近いのです。
どちらも「荘厳」を語る経典なのです。
たとえば龍樹や世親は、この二つの経典に大きな違和感はなかったかもしれません。
龍樹の場合、「十住毘婆娑論」を書くのは存外気安かったかもしれません。
「十住」は「華厳境」の大切な概念です。
菩薩十地の歩みを、一挙に念仏の易行に帰す。
はたして飛んでもないことだったのでしょうか。
十地経の第八地“不動地”は、七地沈空を克服する菩薩を描きます。
ここに諸仏の七勧ということが書かれています。
これが殆ど「諸仏称名」に酷似しているのです。
龍樹は、二つの経典の大悲回向を受けて易行道を明かしました。
此の時の龍樹は、かすんで見える聖者ではなく一人の人間(凡夫)に帰っています。
一切衆生を救う、偉大な仏道は龍樹だからこそ語りえたのです。

浄土真宗にようこそ(154/10.5)
龍樹は、スカーヴァティ・ビューハ(無量寿経)を見つめます。
そこにガンダビューハ(華厳経)の第八地、不動地に匹敵する世界があります。
第八地は不動地と呼ばれていますが、自力を超えて生きる世界です。
自力の限りを尽くしてやっと知られる他力。
それは実際には仏道の大悲によって、ずっと語り継がれていました。
なのに菩薩たちは、個人的な求道・自力に終始してしまっていたのです。
不動地に触れた瞬間に、龍樹を初めとして人は仏道そのものに触れます。
少数の勝ち組を救うようなものは、仏道ではなかったのです。
救いようのない凡夫の総てを救う。
そういうものが仏道の根源に流れているのです。
二つの荘厳(ビューハ)を語る経典は、伴に仏道の根源を語っています。
龍樹・世親は、二つの荘厳経を最終的なよりどころにしました。
荘厳(ビューハ)ということを、改めて考えて欲しいことです。
龍樹の「十住毘婆娑論」、そして世親の「浄土論」。
この二つの著作は、二つの経典の根源精神から導き出されています。

浄土真宗にようこそ(155/10.6)
世親の場合は、その淡々たる歩みが象徴的です。
小乗の二つの部派(サンガ)で学んで、大乗に転身します。
無著という兄に導かれて、大乗を学び進めます。
「倶舎論」を書いて名を成した世親がです。
そして仏教が到達した人間学の最高を極めます。
唯識法相の学を大成するのです。
そして「無量寿経」の論を書き進めます。
歩み続けて、世親は「華厳経」から「無量寿経」へ。
どちらも仏道の荘厳を語った経典です。
二つの経典は、インド人にとっては深く結びついているのです。
世親の浄土論は、仏道の広大な事業を語り尽くしたものです。
華厳経だけでは書けなかった世親の仏道。
それは燦然と輝き続けています。
総ての人間(凡夫)を救う仏道が、見事に見つめられているのです。
世親の浄土論は、二つの経典から生まれたものなのでしょう。
大乗の極地が、世親によって語られています。

浄土真宗にようこそ(156/10.7)
世親の浄土論を、きちんと受け止めた人は曇鸞というひとです。
世親の浄土論を註釈した「浄土論註」、
その冒頭の言葉には驚かされます。
「つつしみて龍樹菩薩の『十住毘婆沙』を案ずるに…」とあります。
曇鸞によれば、龍樹と世親は同じ仏道に立っているというのです。
こういう言い方の出来た曇鸞を、中国の歴史は黙殺します。
が、法然の教えを受けた親鸞は見逃しません。
自分の名前を親鸞と名乗って、重大な仏道を解き明かしました。
曇鸞を抜きにすると、狭い中国仏教になります。
それは学問仏教としては評価出来ても、仏道そのものではありません。
龍樹・世親・曇鸞が一体化して見つめている仏道。
そこに仏教全体の歴史中枢があります。
仏道は、仏道の規模のままに展開し続けています。
龍樹・世親・曇鸞、そして法然親鸞へと一貫して明かされているもの。
そこに展開し続ける如来本願の仏道が見えてきます。
世親と曇鸞、インドから中国へ。
仏道はその本願の歩みを続けました。

浄土真宗にようこそ(157/10.8)
曇鸞の死後に、その玄中寺を訪れた道綽。
その玄中寺が、生きた本願の仏道の道場だと知ります。
今は亡き曇鸞の、念仏の一道が厳然と道綽を捉えます。
「連続無窮にして休止せざらしめない」仏道を見たのです。
道綽の伝記には、玄中寺に曇鸞の業績を語った石碑があったといいます。
それに感動したと書かれていますが、玄中寺の事実に感動したのです。
見れば見えたはずです、今は亡き曇鸞の姿が…。
如来本願の仏道が、玄中寺に生きて輝いていたのです。
曇鸞の論註には、世親までに明らかにされた仏道がありました。
世親までの仏道を、曇鸞は中国で受け止めました。
如来の本願が、自ら歩んで曇鸞を捉えたのでしょう。
論註は、もう一人大切な人を含めています。
「浄土論」を翻訳した菩提流支三蔵です。
曇鸞の回心は、このこのボーデー・ルチとの出遇いによります。
こういうところにも、本願の自らなる歩みを感じることです。

浄土真宗にようこそ(158/10.9)
道綽禅師と呼び習わしていますが、禅のひとと言えるようです。
玄中寺に住んで、本願の仏道を語り継ぎます。
曇鸞の学びを、道綽が継承するのです。
時は大唐の始まり、道綽は天下に浄土の仏道を示します。
それが「安楽集」という、明確な指南書です。
道綽は曇鸞の仏道を、しっかり確認します。
淳・一・相続の三心を、曇鸞を受けて語り継ぎました。
「三不三心誨慇懃」とありますが、曇鸞の学びを承けたものです。
「安楽集」は、大唐の天下に仏道の根源を問い掛けました。
この書に魅かれて、洛陽や長安ではなく辺境の玄中寺へ。
若い善導が、導かれてやてきます。
中国仏教のその本来性は、曇鸞・道綽・善導に極まっています。
禅でも学理でもなく、仏道は一切衆生を救うものです。
一切を救う巨大な仏道は、玄中寺に集中されていたのでした。

浄土真宗にようこそ(159/10.10)
善導大師と呼び習わします。
が、その自覚は凡愚という底辺の人間にありました。
玄中寺は、三代の人材で本願の仏道を確立していました。
645年に師の道綽が亡くなります。
これを機縁にして、善導は長安へ出ます。
玄中寺は、善導の辞去で次第に影を薄くしてその所在も分からなくなります。
長安の善導は、「光明寺の和尚」と呼ばれます。
が、この光明寺も実に曖昧模糊。
大雲経寺と改名された大きな寺院の中の光明院だと…。
この寺は都の西方向の懐遠坊(里)にありました。
けれど場所の違う開明坊(里)に、ちゃんと光明寺がありました。
それもちょうど善導大師の在世にかさなる時代にです。
この開明坊は、玄奘三蔵の住んだ大慈恩寺の真西1500メートルです。
光明寺は光明院ではなく、開明坊の小さな寺だったのではないでしょうか。
この小さな寺で、玄奘も見ていなかった偉大な仏道を善導は語ります。
凡愚を内に抱く仏道、それこそ全人類の仏道でした。

浄土真宗にようこそ(160/10.11)
「阿弥陀仏、去斯不遠(観経)」という言葉、釈尊が韋提希に語られます。
韋提希には遠い存在だったものの、釈尊は不遠と言われます。
距離は遠いものの、時間的には近いのです。
阿弥陀仏の開かれた世界は、距離ではないのです。
韋提希の思いを超えて、浄土は韋提希を包んでいたのです。
観経の散善義には、仏道本来の行が描かれている。
そういう見極めは、いわゆる聖道門の知らない巨大な仏道を語っています。
一切の衆生を余すところなく救う仏道、それが念仏なのです。
実は、善導大師までの玄中寺が明らかにしたものこそ仏道です。
曇鸞という人こそ、そのキーパーソンです。
曇鸞から始まる玄中寺、そこにのみ仏道の本源が語られました。
玄中寺を除いて、曇鸞に無縁の仏道は中国風の疑似仏道でした。
学問仏教として優れていても、結局は漢民族の宗教に堕しています。
善導大師までを生み出した玄中寺、今ではその残滓でしかないのでしょうか。

浄土真宗にようこそ(161/10.12)
「阿弥陀仏、去斯不遠(観経)」という言葉、釈尊が韋提希に語られます。
韋提希には遠い存在だったものの、釈尊は不遠と言われます。
距離は遠いものの、時間的には近いのです。
阿弥陀仏の開かれた世界は、距離ではないのです。
韋提希の思いを超えて、浄土は韋提希を包んでいたのです。
観経の散善義には、仏道本来の行が描かれている。
そういう見極めは、いわゆる聖道門の知らない巨大な仏道を語っています。
一切の衆生を余すところなく救う仏道、それが念仏なのです。
実は、善導大師までの玄中寺が明らかにしたものこそ仏道です。
曇鸞という人こそ、そのキーパーソンです。
曇鸞から始まる玄中寺、そこにのみ仏道の本源が語られました。
玄中寺を除いて、曇鸞に無縁の仏道は中国風の疑似仏道でした。
学問仏教として優れていても、結局は漢民族の宗教に堕しています。
善導大師までを生み出した玄中寺、今ではその残滓でしかないのでしょうか。

浄土真宗にようこそ(162/11.01)
曇鸞が営み、道綽が驚き、善導が育てられた玄中寺。
この三人の仏道こそ、仏道の原理を明らかにしました。
曇鸞が見つめた龍樹と天親は、同一の念仏者でした。
「信方便の易行」という龍樹の易行道。
そして「世尊我一心」の真実信心。
龍樹と天親を平等の仏者と見る眼は、曇鸞独自のものです。
が、この眼がなければ、仏道を理解出来ないのです。
「華厳経」と「無量寿経」は、漢訳された限り別物に見えます。
しかるにどちらも「荘厳」を語った経典でした。
龍樹や天親が、「華厳経」は読んでも「無量寿経」は…、
読む筈が無いと考えられました。
けれどもインド人の龍樹と天親が、「無量寿経」を読まない筈はないのです。
むしろ「華厳経」の原理が「無量寿経」に明かされています。
本願の仏道は、大乗の原理でもあります。
曇鸞は、二人の菩薩が仏道の根源を語っていると見抜いたのでした。

浄土真宗にようこそ(163/11.02)
曇鸞の回心は、中国人という狭さからの脱却でもありました。
そして、龍樹・天親の仏道が「無量寿経」に基づくと見ました。
そこに見られる仏道は、一切衆生を救わずにおかない仏道でした。
こういう曇鸞と、その仏道の規模が未だに不鮮明ではないでしょうか。
現在では、曇鸞を知らない中国仏教がまかり通っています。
法然上人に教えられて、善導を学んだ親鸞。
その仏道は、天親・曇鸞に集中した仏道になって行きました。
親鸞は、その「名の字をかかしめたまい…」と書きました。
これは善信ではなく、教行信証の作者の「名の字=親鸞」でしょう。
曇鸞の明かされたインドの仏道、それこそ根源的な仏道でした。
人々のあらゆる解釈を超えて、真実を見いだしていたのです。
親鸞という人の名は、そういうインド直伝の仏道だったと思われます。
龍樹が明らかにした易行、それは本願の大行です。
そしてこの大行に生きた六人を、親鸞は見つめます。
七高僧の一貫した事業は、行と信の仏道です。
龍樹の易行と、残り六祖の信の解明、それが浄土真宗だと思われます。

浄土真宗にようこそ(164/11.03)
曇鸞の書いたものの中で、論註の冒頭の小さな記述が気になります。
「ほぼ五三を言うて」と書いて五つの難を示しています。
「難業道は、いわく五濁の世、無仏の時において、阿毘跋致を求むるを難とす」
不退転(阿毘跋致)を龍樹も天親も平等に語っています。
二人の不退転に、曇鸞は深く共鳴していたのです。
そして、五つの難の最後に決定的な言葉を書き記します。
「五つには、ただこれ自力にして他力の持たもつなし」と。
中国の仏教理解で、他力の深義を知る人は曇鸞の影響を受けた人だけです。
そして「回向」という言葉の持つ深い意義を…。
如来回向に基づいた不退転・住正定聚を曇鸞だけが受け止めていたのです。
凡夫往生は、中国仏教は未だに理解していません。
日本に来た殆どの宗派が、曇鸞を知らないままなのです。
凡夫往生は、一切衆生を救う巨大なスケールの仏道なのです。
龍樹や天親も、このスケールの仏道に包まれていたのです。
それが無量寿経の明らかにした、根源的な仏道なのです。

浄土真宗にようこそ(165/11.04)
「ほぼ五三を言うて」という第一は、「一つには」と言うて、
「外道の相善は、菩薩の法を乱る」が一番に挙げられています。
外道は、仏道を知らない学問の一切です。
中国の思想の一切が、外道から脱却していなかったというのです。
曇鸞の回心は、漢民族曇鸞の外道を転じたものだったのでしょう。
外道としての学問では、仏道そのものは遥かに遠いという実感があります。
「二つには、声聞は自利にして大慈悲を障う」
という言葉にも、曇鸞の学びの反省があります。
大乗の真髄を、曇鸞は知りえたのです。
「三つには、無顧の悪人、他の勝徳を破す」にも、
回心を通して見つめる、学びへの反省が有ります。
「四つには、顛倒の善果よく梵行を壊す」という言葉は、
仏法を外れた学びを、深く思い返しているのです。
話しが飛びますが、法然が直面した日本仏教はこのような状況だったのです。
漢民族が理解しただけの仏教は、多様ですが思想の混乱なのです。

浄土真宗にようこそ(166/11.05)
曇鸞の回心、それは漢民族全体の回心だったのです。
この回心によって、曇鸞は仏道に触れ他力を言いました。
他力という言葉こそ、空前絶後の言葉です。
そしてそれは、インドの仏教が全世界の衆生の仏教だと語っているのです。
この他力を、玄中寺の三人は熟知していました。
けれども、この三人を除くと…。
逆に言えば、この三人以外をほ法然と親鸞はとんど切り捨てます。
他力を知らない学びは、理性的な解釈に過ぎません。
いわば単なる分別ですし、人間自体の学びではありません。
理性を超えている存在の学び、深い人間の学びを失っているのです。
深い人間学、それが仏道の学びです。
理解を超えていて、学び続けて終わることのない学び。
それを一切の人間が、学び続けることが出来るというのです。
曇鸞を忘れた中国仏教は、日本仏教を困惑させるだけではないでしょうか。

浄土真宗にようこそ(167/11.06)
七祖は一つの確かな仏道の歴史だと受け止めることが出来ます。
けれども、龍樹と天親は立場も学派も違うというクレームが出ます。
いわゆる聖道門の立場が先行します。
けれども聖道とは何なのでしょうか。
それは娑婆のヒロイズムの反映なのです。
優れた勇者のみが達成出来る仏道が考えられているのです。
それはしかし本来的仏道を見つめていないものです。
凡夫往生など、誰も考えつかないのです。
それが中国以来の聖道門の歴史なのです。
しかしながら、もし凡夫を救わない仏道があるなら…。
それは初めから無意味な主張です。
龍樹と天親を凡夫と呼ぶことを控えたとしても…、
この二人を救った仏道が凡夫をも救うものでなかったらおかしな話です。
曇鸞をまなぶと、人は気がつくのです。
龍樹が救われ天親が救われた仏道は、一切衆生を救うものだと。
それが無量寿経の仏道なのです。

浄土真宗にようこそ(168/11.07)
龍樹・天親の二人が救われた仏道こそ、本願の仏道です。
曇鸞は二人を一貫する仏道を無量寿経の仏道だと示したのです。
そういう曇鸞に触れた人と、曇鸞以前の人々は大きく異なるのです。
曇鸞以前の人々が、大きく仏道を見間違うのです。
親鸞は、法然に触れ善導に導かれて親鸞になります。
天親・曇鸞の二人が明かした仏道を、真実の教行証だと言います。
曇鸞という人を知らないなら、仏道全体を語る資格が無いのかもしれません。
凡夫を卑しみ、捨て去るかのような仏道は無慈悲なものです。
三願的証ということが曇鸞に言われます。
18願と11願と22願。
親鸞の扱いでは、信巻と証巻を支える本願です。
曇鸞がこの三願によって、不退転が早く得られると言います。
それを受けてこの信と証の願を、親鸞は早々と行巻にひくのです。
一切の凡夫を救う仏道が、本願の仏道なのです。
凡夫に成仏への不退転、そして即得往生という実存を見るのです。

浄土真宗にようこそ(169/11.08)
龍樹が語った易行道は、不退転を凡夫に見るものでした。
曇鸞はこれに感動します。
そして天親の浄土論も、一切衆生の往生を語ったものとします。
偉大な二人が救われたとしても、万人の救いでなかったら…。
それは仏道と呼べないものではないでしょうか。
偉大なる二人も、實は人として救われたのです。
本願の仏道、それが二人の仏道でしたし万人の仏道だったのです。
華厳経の第八地に、沈空を突破した菩薩に偉大な出来事が語られます。
それは諸仏の七勸と呼ばれるものです。
諸仏が八地の菩薩を讚歎してくれるのです。
ここには広く他力の世界が語られます。
そして17願に近い形の諸仏の賞讃から…。
菩薩たちは、仏力に維持される仏道を感じ取ります。
自己の学んだ仏道が、実は万人に開かれていた仏道だと知るのです。
それが八地以上の菩薩たちの知る仏道なのです。

浄土真宗にようこそ(170/11.09)
繰り返し苦(dukkha)について考えます。
四諦の第一は苦であり、それは生老病死の四苦です。
釈尊から龍樹・天親まで、苦はdukkhaと伝えられていました。
間違えて見ようがない伝承がそこにはありました。
なのに漢文に翻訳されてから、dukkhaは消えました。
仏教は「苦」を教えるというのです。
「苦」くらい簡単に分かるものはありません。
仏教は簡単な理解、浅い判断の中に収められます。
生老病死は苦でしょうか。
苦という理解を超えてこの四苦があります。
それはdukkhaなのです。
釈尊も弟子達も、dukkhaを見つめていたのです。
龍樹の般若空も、狭い苦を超えたものでした。
その狭い苦を、原理的に深く明らかにた人が天親です。
この大乗の二人は、dukkhaを確実に明らかにしてのです。

浄土真宗にようこそ(171/11.10)
dukkhaは苦と訳されましたが、もともとは桁が違います。
意識の中の苦というものではなく、意識を超えた存在の事実がそれです。
dukkhaは、du-kkhaとわけることが出来ると中村元先生の指摘があります。
duは、出来ないことを表します。
kkhaは「説明する」という言葉だそうです。
合わせてdukkhaとは、説明出来ないものという意味になります。
もっと言えば、我々の思いを超えたものこそ生老病死だというのです。
小さく浅く生きる我々に、實は誰にも手に余る深広なものがある。
それが釈尊の説法に一貫したものだったのです。
阿若僑陳如は、そのdukkhaが解るまで一週間かかりました。
知っている苦ではなく、自分の知らない深さに触れるのにかかった時間です。
dukkhaの事実が、人誰もの判断を超えているというのです。
現在では、苦は解るもののdukkhaが解る人が殆ど居ないのです。
仏教の根源が、まるで欠落してしまっているのです。
龍樹と天親を学び続けた曇鸞には、dukkhaの理解があったと思われます。
その証拠が他力回向という言葉です。
人間の意識のレベルの仏道ではなく、深い存在の学びを見つめているのです。

浄土真宗にようこそ(172/11.11)
曇鸞の学びは、dukkhaの正しい注目です。
龍樹と天親が語っている、「解りました」という判断を破ったもの。
一人一人の深広無涯底な尊厳を、中国で始めて受け止めていた人でした。
誰だって、その意識を超えた次元において仏道を実現出来る。
と、曇鸞は知りえた人でした。
それが曇鸞の回心の内容なのです。
中国人の優れた感性で語る仏教解釈ではなく、ブッダを実現する人間学。
一切の人の本来を明らかにする学びを、曇鸞は語りました。
人々の勝手な解釈を超えた、ブッダその人が示した次元の学びを。
曇鸞は「他力回向の仏道」と示し、名号の深義を語ります。
天親の入出二門を「往還回向由他力」と示します。
そして龍樹の易行道の不退転を、一切衆生に開きます。
苦ではなくdukkhaの仏道、生死の不思議を見つめています。
「さとり」とか智慧とか信心は、人に新しく開かれる新しい人格です。
それは存在の歴史を深く確認し、宇宙的生存の広がりを大きく開くものでした。

浄土真宗にようこそ(173/11.12)
菩薩十地の第七は遠行地、そして第八地が不動地です。
ここにケタ違いの転換が語られます。
第八地で、諸仏が菩薩を賞讃します。
諸仏の七勸・勸讃と呼ばれるものです。
七地を極めたものの、まだ自覚するのに先立ってこの勸讃があります。
この勸讃を聞くことで、菩薩は大きな転換を知るのです。
七地までの人為的な努力が、実は仏道そのものに支えられていたということです。
人為を包んで真実の仏道が支えていたと知るのです。
自力から他力への転換だと言えないでしょうか。
この転換がもたらされなければ、菩薩は七地で空に沈むのです。
不動地は、人為を超えた仏道を見つめるのです。
acalaが不動というインドの言葉です。
じっとしているのではなく、大道に沿って進み続けるのです。
仏道の本来を外さないで生きる。
そこから真に人々を包む仏道が受け止められます。

浄土真宗にようこそ(174/12.01)
不動地は、七地までの菩薩を改めて見直しています。
自力・人為的学びを超えて、仏道そのものの意図に沿った学びが始まるのです。
菩薩という学びの人が、本来的な学びを感じるのです。
ブッダが願い仏道が開く、人為を突き抜けた学びが知られるのです。
第八不動地からは、深広なる万人の人間学です。
一人一人に、人為を超えた尊厳があると学んでゆくのです。
龍樹や天親が学んだものは、深広な人間学でした。
その展開は菩薩十地ですが、その原理は万人の仏道でした。
この二人を曇鸞という一人が、深い念仏者と見ます。
これを見つけた人は曇鸞に限られるのです。
不動地の菩薩の感動が、他力回向の仏道の確認です。
この他力回向は、不動地以上の菩薩の覚知なのです。
自分の学びは、万人が救われる学びと等しいと。
曇鸞の論註は、一筋に他力本願の仏道を決定します。
龍樹・天親・曇鸞という流れだけが、救済の原理を受けたものです。

☆☆☆ 里村専精 ☆☆☆