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◆◆◆ 歎異抄学習 ◆◆◆
第十三章について
〈怖畏罪悪章〉
一つ、阿弥陀仏の本願の不思議であるからといって悪を恐れないのは、『本願ぼこり』であって、往生はかなわないでしょうということ。
この例も、本願を疑っているもので、善悪の宿業ということを心得ていないものです。善い心の起きるのも宿善がもよおしているせいです。悪いことを思ったりするのも、悪業がはからっているからです。かつて聖人の仰せに、『兎の毛や羊の毛の先にいる塵ほどのつくられた罪でも、宿業でないということはないのだと知るべきです』と、ありました。
またある時などは、
「唯円房よ、私の言う言葉を信じるか」
と、おっしゃったものですか。
「はいその通り」と申しましたところ。
「それなら言う通りに違たがわないのですね」
と重ねて仰せられたので、謹んで受け止めておりましたら、
「例えば、人を千人殺してごらんなさい、そうすれば往生は一定するでしょう」
と、おっしゃった時、
「仰せではありますが、一人も私の器量では、殺してしまうことは、思いもよらないことです」
と申しましたら、
「さてはどうして親鸞の言うことに違うことはないなどと言ったのですか」
と言われて、
「これで知るべきです。何事も心だけに任せていることなら、往生のために千人殺せと言われたなら、即座に殺せるでしょう。しかしながら、一人でもでき得るような業縁がないものですから、殺害しないのです。自分の心が善いから殺さないのではないのです。また殺害などしないと思っていても、百人も千人も殺してしまうこともあるのではないでしょうか」
とおっしゃられたことは、我々の心に善いと思うものだけを善いと思い、心に悪いと思うものだけを悪いと思って、本願の不思議で救けられているということを知らないことを、おっしゃって下さっていたのでした。
ずっと昔、邪見におちた人があって、悪を作った者を助けるという願であるのだからといって、わざと好んで悪を作って往生の業とすべきであるなどという理屈を言って、さまざまないけない事が聞こえてきた時に、御手紙で、『薬があるからといって、毒を好んではいけません』と、なさって下さったのは、そのような邪執をやめさせられるためでした。
悪というのは、全くの往生の障りではありません。『持戒・持律をしている者だけが本願を信じられるというのでは、我々はどのようにして生死を離れたらよいのでしょうか』と(言われた言葉もあります)。
このようなあさましい身でも、本願にあい奉ってこそ、実に誇ってもよいでしょう。とはいうものの、身に備わっていない悪業は、決してつくることもできないでしょうに。
また、『海や川で、網を引き釣りをして世を渡る者も、野山に猪を狩り鳥を取って生命をつないでいる人々も、商いなどをもして、田畑をつくって過ごしている人も、全く同じことです』と。
『しかるべき業縁がもよおしてきたなら、どのような振る舞いでもしてしまうでしょう』というように、聖人は言われたのでしたが、この頃になると、信心家(後世者)ぶって、善くない者だけが念仏申すのであるかのように、あるいは逆に道場に張り紙などをして、“これこれのことをした者は、道場へ入ってはいけません”などということは、ひたすら賢善精進の相を外に示して、内面には虚仮を抱いているのではないでしょうか。
願に誇ってつくった罪も、宿業がもよおしたからです。ということなのでしたら、善いことも悪いことも、業報にさしまかせて、ひたすらに本願をたのんでいるからこそ、他力であるということでしょう。
「唯信鈔」にも、『阿弥陀仏にどれだけの力がおありになるかを知っているのでしょうか、罪業の身なのですから、救われがたいと思うべきではありません』と、あることではないですか。
本願に誇る心があるということに即してこそ、他力を頼む信心も決定してゆくことなのでしょう。大雑把に悪業煩悩を断じつくして後に、本願を信じるだけの者は、願に誇る思いもなくてよいのでしょうが、煩悩を断じたならば、即座にブッダになってしまって、そのようなブッダのためには、五劫思惟の願は、その所詮がなくなってしまうでしょう。
本願ぼこりだといましめられる人々も、煩悩などの不浄をちゃんと具足しておいでになられるようです。それはもう願から誇られているのではないでしょうか。どのような悪を本願ぼこりと言うのでしょうか、どのような悪を誇らないとするべきことなのでしょうか。かえって心まずしく幼稚なことではないでしょうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1.〈本願ぼこり〉
本願大悲の運動が我々を超えて大きく働いているとすると、我々は本願にまかせてかえって悪いことをした方が、早くブッダ・如来の摂取に預かるのだという考えが出たのです。それを“本願ぼこり”と言います。わざと悪を犯して、それで目立って救いに預かろうというのです。
そのような自ら好んで悪を犯す“本願ぼこり”は往生しない、というのがこの章の異義です。ここは結論を先に言わないと、簡単な過ちをおかしてしまいますから、前もって言っておきます。“本願ぼこり”でも往生させてもらえるのだ、というのが親鸞・唯円にわたる結論です。
専修念仏の流れの中で、このような“本願ぼこり”と名づけられたものは親鸞の関東の門下生のうちにことに多く出たもののようです。残された親鸞の手紙の中で、“本願ぼこり”に関連し、それを執り成しているるものが数通残されています(後出)。
しかしながら法然の吉水の門下生にも、いわゆる過激な人々があって、それがあの承元の法難につながっていったものでした。大きな転換を物語る専修念仏の教えの中で、行動派はどうしても過激なパフォーマンスに走るもののようです。いわば“本願ぼこり”は、専修念仏の不肖の子なのかもしれません。
しかし唯円は、その“本願ぼこり”の人々を受け止めます。それよりもむしろ、“本願ぼこり”を謗そしり咎める高邁な善人を戒めているのが、この章の要点なのでした。その意味ではこの第十三章は、第三章の『悪人正機章』とは見事に呼応しています。
このように“本願ぼこり”を包むことのできる理由は何だったのでしょう。それはこの章の冒頭の言葉にあります。
この例も、本願を疑っているもので、善悪の宿業ということを心得ていないも のです。善い心の起きるのも宿善がもよおしているせいです。悪いことを思っ たりするのも、悪業がはからっているからです。故聖人の仰せには、『兎の毛 や羊の毛の先にいる塵ほどのつくられた罪でも、宿業でないということはない のだと知るべきです』
と、ありました。
問題は、我々の存在性の深さを語る『宿業』を知らないからだというのです。『宿業』を知らないから、本願を疑ってしまうというのです。もちろん本願を疑えば、ブッダ・如来の運動たる偉大な仏道の意味を知らないことになります。
『宿業』と言いますが、この事実に覚めてこそなのですが宿命智通と言われたものに帰結するのではないでしょうか。宿命智通(j液ismar )の場合は、生命の記憶・憶念というような意味です。ですから『宿業』という言葉は、ちゃんと該当するインドの用語例は『宿明智通』です。おおよそは「観無量寿経」の注釈の周辺から、ですから『宿業』という言葉は善導大師(613~681)の時代以降の用語から明確になった言葉のようです。
善導大師の場合は、宿世の業という意味でしょう。この存在の歴史的な根底に、この存在を規定している深い動機があるというのです。それはむしろ、この存在の根拠として自らに自覚して深まってゆくべきものだと思われます。それは決して、単なる時間的な過去を追うことを言うのではなく、この生存の持つ現在の深さを語っているのですから。
その意味で『宿業』は、我々の思いを超えて我々の存在の真実を確実に語りだす大切な命題です。それはむしろ日常の生活でいろいろに現れる善悪の結果を、遥かに動機づけている存在の素因だと言われているのです。いうならば、思いを超えた存在そのものの秘密は、『宿業』の自覚を通して初めて我々にもかいま見られるもののようです。
我々の思いで善悪をその場その場に打ち立てますが、それは何もわれわれが賢明だからなのではなくて、世にある存在が世を超えて深いからのことだと唯円は言っています。さらに唯円は、その論証の根拠として親鸞の言葉を添えています。
故聖人の仰せには、『兎の毛や羊の毛の先にいる塵ほどのつくられた罪でも、 宿業でないということはないのだと知るべきです』と、ありました。
親鸞は、実に厳しく自己を見つめた人だということがこれで判ります。というよりは、親鸞はひたすらにブッダのダルマを通して自己を深く学び続ける人だったのでしょう。
『宿業』が深いことを学び知ることは、それを救う本願の熱い意義に感動し相応しているのです。“本願ぼこり”という問題が残るのは、やはり『宿業』の自覚の甘さにあるのではないでしょうか。
2.〈問答対話〉
唯円のために、親鸞は一連の対話を言い残しました。このような対話は、もっともっと多かったものでしょうが、我々に知られているものとしては第九章の対話がもう一つありました。もしかしたら、歎異抄の師訓十ケ条から異義八ケ条の中の幾つもの親鸞の言葉は、すべて対話から生まれたものなのではないでしょうか。
実に親鸞には、吉水時代からいろんな問答対話があったようです。親鸞の生きた姿の一つに、生き生きと問答を交わす情熱を感じるものがあります。あの重厚な「教行信証」を書き残した書斎の人とは違って、親鸞には積極的に人と語らい親しむ温かい一面が見られるのです。こういう対話の多くは、親鸞には忘れられても、聞いた者の存在に響いて仏道の流れのうねりの一つひとつになっていったのでした。
この第十三章では、有名な“千人殺し”の問答対話でした。親鸞はその結論としてこう言っています。
「これで知るべきです。何事も心だけに任せていることなら、往生のために千 人殺せと言われたなら、即座に殺せるでしょう。しかしながら、一人でもでき 得るような業縁がないものですから、殺害しないのです。自分の心が善いから 殺さないのではないのです。また殺害などしないと思っていても、百人も千人 も殺してしまうこともあるのではないでしょうか」
心とは理性的判断を言いますが、我々は理性を万能だと思っていますが、それより深いものとして生存の動機があるのです。それを承けての、唯円の推断があります。
と、おっしゃられたことは、我々の心に善いと思うものだけを善いと思い、心 に悪いと思うものだけを悪いと思って、本願の不思議で救けられているという ことを知らないことを、おっしゃって下さっていたのでした。
心よりも深いものが、我々の存在の深みから我々を動機づけているというのです。そのような遥かな動機を、おしなべて凡夫と呼ばれる我々の力量でどう始末がつくというのでしょうか。この対話を通して唯円は、親鸞もそうであったように、ブッダ・如来の位相における深遠な本願に学ぶことに決定したのでした。
それはしかし実に雄大な決断だったのです。釈尊が世に出られて、その人間の理性を突き抜けた真実のダルマを語られた、その本源の動機に直参しているのです。仏教そのものが歴史している意義に、自ら包まれてしまっていたのでした。唯円も親鸞も凡夫なのですが、それを救うダルマは見事に生き生きと働いている、その事実を二人は味わっているのでした。
親鸞が比叡山で見て知っていた仏教は、ゆゆしき学問としての仏教でした。ところが二十年の学業を通して、その実現は実にはかないものだったのでした。本来ブッダ釈尊の教えは、生き生きと人々の生命を根源的に育て上げるものでした。
その釈尊のダルマは、常に語られ・対話によって成し遂げられたものでした。仏教の学問も、その本来的な形は論議決択だったはずです。凡夫として生きるしかない我々において、その我々の理解の総合をも超えるダルマを尋ねだすものが、論議決択ということではなかったのではないでしょうか。
3.〈背景になった手紙〉
京にも、こころえずして、ようようにまどいおうてそうろうめり。くにぐにに も、おおくきこえそうろう。法然聖人の御弟子のなかにも、われはゆゆしき学 生なんどと、おもいたるひとびとも、この世にはみなようように法門もいいか えて、身もまどい、ひとをもまどわして、わずらいおうてそうろうなり。聖教 のおしえをもみずしらぬ、おのおののようにおわしますひとびとは、往生にさ わりなしとばかりいうをききて、あしざまに御こころえたることおおくそうら いき。いまもさこそそうろうらめと、おぼえそうろうなり。浄土のおしえもし らぬ、信見房なんどがもうすことによりて、ひがざまにいよいよなりあわせた まいそうろうらんと、ききそうろうこそあさましくそうらえ。まず、おのおの 御こころえは、むかしは(阿)弥陀のちかいをもしらず、阿弥陀仏をももうさ ずおわしましそうらいしが、釈迦・(阿)弥陀の御方便にもよおされて、いま (阿)弥陀のちかいをもききはじめておわします身にてそうろうなり。もとは 無明のさけにえいふして、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒をのみ、このみめしおうて そうらいつるに、仏の御ちかいをききはじめしより、無明のえいも、ようよう すこしずつさめておわしましおうてそうろうぞかし。しかるに、なお無明のえ いもさめやらぬに、かさねてえいをすすめ、毒もきえやらぬに、なお三毒をす すめられそうろうらんこそ、あさましくおぼえそうらえ。煩悩具足の身なれば、 こころにもまかせ、身にもすまじきことをもゆるし、口にもいうまじきことを もゆるし、こころにもおもうまじきことをもゆるして、いかにもこころのまま にあるべしともうしおうてそうろうらんこそ、かえすがえす不便におぼえそう らえ。えいもさめぬさきに、なおさけをすすめ、毒もきえやらぬものに、いよ いよ毒をすすめんがごとし。くすりあり毒をこのめ、とそうろうらんことは、 あるべくもそうらわずとぞおぼえそうろう。( 御消息集一)
すこし長く引用しましたが、ていねいな文章です。宛て名は不明なのですが、
『この文をもちて、鹿島・行方・南庄、いずかたにもこれにこころざしおわし まさんひとには、おなじ御こころによみきかせたまうべくそうろう…』
と書かれています。日付も書かれていて、建長四年(1252)壬子八月十九日とあり、差出人名は親鸞です。親鸞七十八才の時だということになります。
この手紙から幾つかのことが判ります。
1.同じような“本願ぼこり”・造悪無碍の問題が、すでに法然門下にはじまっ て、それがまだ京都でも見られること。
2.信見(願?)房と呼ばれる門弟がいて、その人がどうやら“本願ぼこり”の 中の一人らしいこと。
3.『くすりあり毒をこのめ、とそうろうらんことは、あるべくもそうらわずと ぞおぼえそうろう』
と、親鸞が言い切っていることなどです。
ここにこの第十三章の、
ずっと昔、邪見におちた人があって、悪を作った者を助けるという願であるの だからといって、わざと好んで悪を作って往生の業とすべきであるなどという 理屈を言って、さまざまないけない事が聞こえてきた時に、御手紙で、『薬が あるからといって、毒を好んではいけません』と、なさって下さったのは、そ のような邪執をやめさせられるためでした。
という言葉に相当するものがあります。『ずっと昔(そのかみ)』が建長四年(1252)頃のことになるのでしょうから、実は唯円が歎異抄を書いている時代のおおよそが解ります。親鸞の没年は弘長二年(1262)ですから、それまででも十一年経っていますし、唯円が見つめているもう少し後の時代までを加えれば、少なくとも二十年以上にもわたって関東の“本願ぼこり”の問題は尾を引いていたことでしょう。
“本願ぼこり”・造悪無碍に関連する手紙類は、このほかにも御消息集三・四・五・九・十などに見られることです。
4.〈露あらわな人間性〉
“本願ぼこり”と呼ばれる人達の、その内面のこころはどうなのでしょう。唯円は、その精神の微妙な動きを見つめていきます。しかしその前に、唯円は凡夫と呼ばれるごく普通の人々の人間性をつぶさに見つめています。
悪というのは、全くの往生の障りではありません。『持戒・持律をしている者 だけが本願を信じられるというのでは、我々はどのようにして生死を離れたら よいのでしょうか』と(言われた言葉もあります)。このような浅ましい身でも、 本願にあい奉ってこそ、実に誇ってもよいでしょう。とはいうものの、身に備 わっていない悪業は、決してつくることもできないでしょうに。
また、『海や川で、網を引き釣りをして世を渡る者も、野山に猪を狩り鳥を 取って生命をつないでいる人々も、商いなどをもして、田畑をつくって過ごし ている人も、全く同じことです』と。
これだけの文章の要点は、親鸞の言葉で埋められています。
『持戒・持律をしている者だけが本願を信じられるというのでは、我々はどの ようにして生死を離れたらよいのでしょうか』
『海や川で、網を引き釣りをして世を渡る者も、野山に猪を狩り鳥を取って生 命をつないでいる人々も、商いなどをもして、田畑をつくって過ごしている人 も、全く同じことです』
という二通りの言葉です。1.持戒・持律の者とは、やはり特権階級でしょうし、さらには幸運にもそのような生活の許された者たちのことです。かつて親鸞自身もその仲間だったと言われても仕方のない、エリートということでしょうか。仏教の行証ということは、一般には(通仏教では)持戒・持律のことをいうのではないでしょうか。それでは内容的には何も実らない、単なる威儀というものではないでしょうか。威儀が整えば立派に見えますが、果たしてそれで本願に相応すると言えるのでしょうか。ごく一般に、凡夫と呼ばれる者こそ、本願を学び本願に相応するものなのでしょう。学びは、優れた人に必要なものではありません。凡夫にこそ、正しい学びが必要とされているはずです。
2.漁師や猟師、そして農耕に生きている人々こそ、本願の学びが大切なのです。その学びは、人間そのものの学びです。世間についての多様な学びではなくて、ただ一筋の生命の学びなのです。
そのような生命の学びを、本願の仏教では『往生』と呼んでいるのです。ここにおいて『往生』と呼ばれる学びは、善悪という世の基準に縛られるものではありません。たとえ悪と言われる生存の場に在ろうとも、それを善に変えるのではなくて、むしろ悪を縁としてその存在の深さを尋ねてゆけるのです。善も悪も、ともに如来の本願の中に包まれるのであって、善悪の状況を変えたところで何の変哲もないのです。
ですから唯円は『悪というのは、全くの往生の障りではありません』と言い切っているのです。もちろん、悪に居座っての発言ではありません。存在の事実において、ブッダ・如来の大きな歴史運動の中に自己を見いだしているのです。むしろおおらかにその生存の状況を縁として受け止めて、如来の大悲の真実を確かめて生きていると言うべきです。
5.〈賢善精進批判〉
『しかるべき業縁がもよおしてきたなら、どのような振る舞いでもしてしまう でしょう』というように、聖人は言われたのでしたが、この頃になると、信心 家(後世者)ぶって、善くない者だけが念仏申すのであるかのように、あるい は逆に道場に張り紙などをして、 これこれのことをした者は、道場へ入って はいけません などと言うことは、単純に賢善精進の相を外に示して、内面に は虚仮を抱いているのではないでしょうか。
願に誇ってつくった罪も、宿業がもよおしたからです。
人間存在は、世間が考えているよりは深く複雑です。自分でも思いがけない経験や行動をやってしまうものです。『さるべき業縁のもおおせば、いかなるふるまいもすべし』
という親鸞の言葉の断片を、唯円はここで用いました。実に恐ろしいまでに深く厳しい言葉です。しかしこの言葉の方が正しいのであって、我々の存在の事実というものは、世間の基準ではとらえられない不思議な深みをたたえています。縁が兆せば、どんな行為も引き起こされるのです。そこには誰彼という例外はないのですから。
世に通用し世に称讃されるとしても、『賢善精進の相』こそ人の真実をくらまし閉ざすものです。かえって世間の善こそ、人間の真実にとって問題なのではないでしょうか。世間を大切にすることは必要でしょうが、その世間が人を大きく育ててくれないなら、世間を突き抜けてでも人間の道を進めるべきではないでしょうか。
親鸞には、愚禿と名乗ってから書き残した学習メモのようなものとして、「愚禿鈔」という上下二巻になった書物があります。その各巻の冒頭に、
賢者の信を聞きて、愚禿が心を顕わす。
賢者の信は、内は賢にして外は愚なり。
愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり。
という言葉を掲げています。いわゆる四句分別というもののひとつですが、内・外と賢・愚の交際で、四通りの結論がでます。この他には、“内愚で外愚”と“内賢で外賢”の二つが導き出されるというものです。
しかし今はそれらを絞り捨てて、賢者と愚禿の対比において、おなじ“しん”という発音で『信』と『心』の違いを言い出しています。賢者(法然)の信と愚禿(親鸞)の心の対比において、あたかもブッダにでも出遇ったかのような衝撃を述べてあるのでしょう。
この「愚禿鈔」の下巻に、善導大師の言葉から至誠心釈の文章を引かれています。
外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ。内に虚仮を懐きて、貪瞋邪偽奸詐百 端にして悪性侵やめがたし、事蛇蝎に同じ。三業を起こすといえども、名づけ て雑毒の善とす、また虚仮の行と名づく、真実の業と名づけざるなり。
と読まれています。もともとの読み方ではないのです。親鸞には、このような読み替えによる新しい威儀の発遣が沢山あります。『転読』という方法なのですが、びっくりするような洞察がそこには見られます。文字の順序も数も変えてないのですが、智慧に響いた読み方をしてゆくのです。
不得外現賢善精進之相内懐虚仮
という十四文字なのですが、もともとは、
外に賢善精進之相を現じて内に虚仮を懐くことを得ざれ
という一般的な教訓的な言い方だったようです。それを親鸞は、
外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ。内に虚仮を懐きて…、(現行聖典)
と、断定的につよく読んでいるのです。この読み方で、凡夫には賢善精進はありえない、という洞察が浮かんできます。真実の人間というものを、まずそのままに決定して受け止めることが大切なのです。この場合、『内に虚仮を懐いて…』以下が凡夫というものの決定的な内容になってしまうのです。
ところが、ここの所をもっときつく読む場合があります。
外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ。内に虚仮を懐ければなり。(かつての聖典・金子大栄先生の聖典)
かつてはどうもこのように読んでいたもののようです。このように『内に虚仮を懐ければなり』という断定の方が、より決定的な感じがします。
このような人間の学びを、唯円もまた学ぶことになって行きました。今この章では、
ひたすら賢善精進の相を外に示して、内面には虚仮を抱いているのではないで しょうか。
という言葉で、その学びの姿勢を表明しています。“本願ぼこり”・造悪無碍を嫌うことは解るものの、唯円にはそこで賢善精進を気取ることは許せなかったもののようです。
願に誇ってつくった罪も、宿業がもよおしたからです。
『すまじきことをした』という罪は罪なのですが、その人が罪において本願に感応しているとしたら、唯円にはその“本願ぼこり”の人の精神の内景と痛みを倶にするものがあったと思われます。
ということなのでしたら、善いことも悪いことも、業報にさしまかせて、ひた すらに本願をたのんでいるからこそ、他力であるということでしょう。「唯信 鈔」にも、『阿弥陀仏にどれだけの力がおありになるかを知っているのでしょ うか、罪業の身なのですから、救われがたいと思うべきではありません』と、 あることではないですか。
と、唯円の言葉はつながっています。そこに出る「唯信鈔」には、
仏いかばかりのちからましますとしりてか、罪悪のみなればすくわれがたしと おもうべき、五逆の罪人すら、なお十念のゆえにふかく刹那のあいだに往生を とぐ。
《ブッダにどれほどの力があると知って、罪悪の身なのだから救われがたい などと思うのでしょうか。五逆の罪人でさえ、それでも十念の誓いのゆえに深 く刹那の間に往生をとげるのです》
と書かれているものです。親鸞がすすめる幾つかの聖教は、唯円たちはひたすらに学んだもののようです。このような聖教だと断ってない部分でも、歎異抄のあちこちで結構隆寛律師や聖覚法印の著書の書き振りに似た表現が見られることです。
6.〈願に誇られる〉
第十三章の結びの部分は、おもしろい結論になっています。
本願に誇る心があるということに即してこそ、他力を頼む信心も決定してゆく ことなのでしょう。大雑把に悪業煩悩を断じつくして後に、本願を信じるだけ の者は、願に誇る思いもなくてよいのでしょうが、煩悩を断じたならば、即座 にブッダになってしまって、そのようなブッダのためには、五劫思惟の願は、 その所詮がなくなってしまうでしょう。
本願ぼこりだといましめられる人々も、煩悩などの不浄をちゃんと具足してお いでになられるようです。それはもう願から誇られているのではないでしょう か。どのような悪を本願ぼこりと言うのでしょうか、どのような悪を誇らない とするべきことなのでしょうか。かえって心の幼稚なことではないでしょうか。
煩悩を断じ尽くしてから本願を信じる人なら、本願ぼこりもないだろうけれど、それにしても煩悩がない人のためには本願の仏教は必要ないというのです。言い換えれば、煩悩具足の凡夫のためにこそ、仏道は歴史して本願の大道を語っているのだというのです。
煩悩(=kle'sa・漏=鋭rava)には、生命に根差したもの(倶生起)と理性に根差したもの(分別起)の二つがあると言われています。たとえば考え方や生きざま(分別起)を改めることはできても、人として生まれて両性にわかれている事実(倶生起)に基づく煩悩は生きている限り滅し尽くすというわけにはゆきません。もしそのような根源的な煩悩を滅したりすれば、人は人としての機能に麻痺を生じてしまうのではないでしょうか。
そのような無理でも、あながち不可能ではないかもしれません。けれども我々煩悩具足の凡夫の場合、まったく不可能だと言うべきでしょう。漏尽比丘のような救いを要求するのではなくて、自然なるままに我々は凡夫往生の一道を歩むのが正しいように思われます。
唯円は皮肉にも、賢善精進の道をゆく『本願ぼこり』を戒める人々にも、我々と同じ煩悩がちゃんと具足しておられるらしいと言います。実際、間違いなくおしなべて凡夫なのです。世の善や高邁な精進くらいでは、間に合わない存在なのです。小さく身を固めるよりは、大きく本願の歴史運動に身を任せて、広大な大道(一仏乗)をこそ歩みましょうと言っているのです。『それはもう願から誇られているのではないでしょうか』というのですから、既に本願に包まれ・本願に催されているではないかと唯円は言っているのです。
『誇られる』という言い方が気になりますが、本願は凡夫をこそ目当てにして働いているのです。凡夫を転じて仏道の人にする、そこに本願の誇りがあると言うべきではないでしょうか。
本願において、凡夫の造悪無碍などは小さな話です。そんな殊更なことよりは、もっと深広な存在の問題を本願は語り続けています。“本願ぼこり”している人の悪の程などは、はたして本願から見て悪に当たるかどうか。そしてまた、気づかずに犯しているより多くの悪ははたして誇らないでよいのだろうかと、唯円は言います。
本願に出遇った人が、その本願の広大な運動の中で、小さな悪に拘泥して殊更に誇ったり、逆に自分で気づかない悪なら本願には相応しないのではないかと考えたりする考えが、いかにも幼稚だと示しているのでした。
一切の悪をもらさず、一切の衆生を逃さずに、本願の仏教は仏道を成就し続けます。その意味の仏道は、ブッダ出現の内容として完成されてしまっているのです。その仏道に、一人も漏らさないで摂取する運動が本願の仏道です。問題は、そのような完成された仏道に眼を開くか否かなのです。
仏道が不完全だから、我々に救いがないのではありません。我々が眼を閉じているから、ブッダ・如来の世界の夜明けを知らずに過ごしているだけなのです。有名な『無眼人・無耳人』と言う言葉を思いおこすべきでしょう。
大聖易往とときたまう 浄土をうたがう衆生をば
無眼人となづけたる 無耳人とぞのべたまう(諸経和讃)
と、親鸞は和讃に謳っています。
里村専精
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