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煩悩を「尽くしてゆく」という在り方を、ブッダの弟子達は確信していました。
「煩悩が尽きた」という言い方も、ないわけではありませんが…。
「漏尽比丘」とは、生き続けている人達です。
彼らは、仏道を生きていますが涅槃した訳ではありません。
そして人をやめたわけではありません。
彼らの上に在る仏道とは、聞法する生存です。
しかしその人の生存は、凡夫一般と同質なのです。
ブッダによって「18願の信」といいますか、真実に触れました。
しかし瞬間の「18願の信」は持続しないのです。
しかしながら真実に触れたら、「19願の信」という日常的な浅いレベルに帰れません。
「20願の信」による凡夫でありながら、この凡夫を道場とする深い仏道に立つのです。
聞法とは、廣い人間全体を法によって確かめて生きる在り方なのです。
決して万人を抜きんでた英雄主義ではなく、一人の凡夫でいいのです。
「20願の信」に生きる仏道が、往生人たちの仏道だと言えるようです。
「教えざれども自然に、真如の門に転入す」と和讃にあります。
親鸞の仏道は、「定散自力の称名」ではなく。
「果遂の誓いに帰してこそ」と言われる、20願の信から始まるもののようです。

ビドゥーダバは、カピラバストで受けた屈辱を忘れませんでした。
まだ若い、というよりはまだ子供といってよい年齢でチャンスをつかみます。
パセナーディ大王を陥れて、王権の印を奪い取って自らが大王だと名乗ります。
他にも沢山の王子がいたはずですが、その中にジェータ太子がいます。
祇樹給孤独精舎の名に残されている、祇樹(ジェータ)太子です。
手回しがよかったのか、王族の反対がないままに彼はクーデターに成功します。
パセナーディ大王は、追われるようにして王舎城の阿闍世のもとに行きます。
阿闍世の奥さんの一人が、縁あって嫁いだパセナーディ王の娘だったのです。
クーデターの成功と同時に、ビドゥーダバは行動を起こします。
軍隊を整えると、カピラバストを攻撃するために進軍を開始します。
と、その軍勢の先頭が進めなくなります。
どうしたのかと、ビドゥーダバが軍の先頭に来てみます。
一本の枯れ木の下に、黙然として釈尊が立っておられたといいます。
「世尊」と、さすがにビドゥーダバも驚きます。
「何故に、枯れ木の下に立っておられるのですか」と聞きます。
「親族の影涼し」というのが釈尊の答えでした。
万感のこもる、この言葉にビドゥーダバは軍を返します。
これが三度まで繰り返されたといいます。
俗にいう「仏の顔も三度」とは、ここからきているといわれています。

テラウラコット(カピラ城候補)の中です。クリックすると舎衛城内の遺跡です。
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霜月
多くの人達が思いだす。 親鸞との 深いつながり |
智慧と神通 大切なつながり 智慧の深まりが神通 abhij |

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人間精神の故郷を訪ねて、われわれの存在の真実の深みを確保したいものです。私たちはみんな同じ世に在るのですが、だからこそ世を超えたダルマ(dharma)によって真実を開示しなければなりません。仏教そのものが、すでに世を超えて歴史してきていると親鸞は確認しました。新鮮な感覚の持ち主だったことがわかります。その業績に基づいて、世を貫くダルマのもと人々の尊厳を確保しあいたいものです。《里村専精》 |
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| 《参照〜この画面のBGは野生司香雪師のお釈迦様の誕生の図です、ヴアラナスィーのランカ寺院の壁画です。メーンタイトルをクリックすると、その原画があります。ご希望の方は自由にダウンロードしてください。私はディスクトップ(Mac)に使用しています。仏頭は、実際にはマトゥラ博物館の少年像です。静かな面ざしは、弥勒菩薩の雰囲気があります。ヤクシはサンチのトラナに刻まれていますが、2000年をこえた作品です》 | |
| 碧海おうみ晴海さんといいます、一度訪ねて見て下さい。 |
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この象さんをクリックすると、ラジギルを山頂からみたものです。
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