怨念物件



  用水路を埋めたてて作ったような遊歩道があって,道のわきにはいろんな草花が植えられていたりするんでした。そして一部には野菜を作っているようなところもあったりするわけでした。
 そのようなところに掲げられたカンバンであります。

「野菜泥棒へ 丹精こめて育てたトマト 収穫直前に全部取られて驚きました。 これからもあなたを見ております 今後このよな事のないように!」

 んー。これは悔しいでありますね。その悔しさがにじみ出ているような名文であります。
「丹精こめて育てた」にふられた傍線。「収穫直前」「全部」にふられた傍点というか傍二重丸。これも要点を的確にあらわしていて,作者は学校の先生か何かであろうかと思わされるんでした。

「見ています」というのはこういったカンバンでは定番の文句でありますね。しかし,この物件の場合は「これからも見ております」ということで,もっと何かドロドロとした情念のようなものが感じられるんでした。

「これからも」ということは,今までも見ていたのか。だから「あなたの顔は知っていますよ」ということなのか。
 その上で「見ております」というていねいな言い方をしているわけで,物陰から半分だけ顔を出して無言でじっとこちらを見つづけている,ストーカーのような不気味さをかもしだしているような気がしてくるんでした。
 なにか視線を感じて振り返ると,じっとこちらを見つめている人がいる。これは恐怖であります。
 また,それまでていねいに話していたのに,突然「このよな事のないように!」といきなり大声を出されたらビビってしまうかもしれないでありますね。

 ただ,最後に「このよな事」というちょっとオチャメな言い方をしているところがカワイイところではあります。
 野菜泥棒さんは,ホントに今後このよな事のないようにしていただきたいものでありますね。


 こちらは,歯医者さんのカンバンであります。井伊さんがやっておられる歯医者さんだと思われるんでした。

 名前のことをネタにしてはいけないところでありますけれども,やはり井伊さんっていうのは商売をするときにはちょっと得であるよなぁ,と思ってしまうのはしょうがないところでありますね。

 この近所に引っ越してきた人が「どこかに良い歯科医院ないかしら?」と聞いたら,「井伊歯科医院ならそこにありますよ」と必ず答えてもらえそうであります。
 おそらく「ii」というのを図案化したんであろうと思われるシンボルマークもなかなかでありますね。

 しかし近所には終生のライバルである「悪井歯科医院」があって,日夜バトルが繰り広げられていたりするんでありましょうか。幕末に,井伊直弼が悪井直弼の陰謀によって桜田門外で暗殺されたように。そんな人いなかったか?

 ということはまったく別の話でありますけれども,このカンバンをよく見ると「井伊歯科医院」の文字の下に「鈴木歯科医院」の文字がうっすらと見えているんでした。

 ここは,かつては鈴木院長の経営する鈴木歯科医院だったんでありましょうか。それを,名前とは裏腹にアコギなやり方で乗っ取った井伊院長が,カンバンを塗りつぶして開業したんでありましょうか。
 苦労して建てた医院を乗っ取られた鈴木院長は失意の中で没し,その怨念がカンバンに浮かび出てきていたりするんでありましょうか。
 消しても消しても浮かび上がってくる鈴木歯科医院の文字は,井伊院長(「い」がいっぱいだなぁ。井伊委員長だともっとタイヘンかもしれない)を恐怖に落としいれているかもしれないんでした。

※もちろん井伊院長はアコギではなく立派な先生であり,鈴木歯科医院を乗っ取ったりはしなかったと思われます。たぶん。
 これを読んで気を悪くして,背後から私に麻酔をかけて眠っている間に歯医者椅子に縛りつけて歯をドリルでグリグリしに来たりしないようにお願いします。

「野菜泥棒」は新潟市中央区・鐙1あたり。
「井伊鈴木」は新潟市中央区・鐙2あたり。