主張物件



 海岸近くの防風・防砂林であります。「火気に注意」ということでリスがマトイを持っているカンバンなんでした。確かに,この林が燃え出したら大変そうであります。
 でもリスの方はあんまりこの防火活動には積極的でないようで,もうひとつ真剣みが足りないような気もしますけれども。「当番だからしょうがないけど,こんなの持って歩きたくないなぁ」とか思ってるんでありましょうか。

 まぁそのカンバンの内容自体は一般的なものでありますけれども,この物件の主役は後ろの木でありますね。いわゆる「もの食う木」であって,カンバンの一部をくわえ込んでいるんでした。

 なんだか,道行く人にこのカンバンをアピールしているようであります。
「ほら。そこの人。ちょっと。見て。これ。ねえ。ほらこれ。火気に注意ですよ。ね。お願いしますよ。ホント。ね。もう大変なんですから」
と,身を斜めによじりながら必死に主張しているようなんでした。

 リスよりも一生懸命なようでありますね。まぁ,火事になってもリスは逃げられるけれども,木は逃げられないだろうから,当然かもしれませんが。
 でもこの木,自分でカンバンを持つくらいだから,いざとなったら根っこが足になって走り出しそうな気もしますけれども。


 こちらは速度制限の主張であります。
「車のスピード落とせ 生活道路 30 事故起したら遅い」
ということなんでした。

 特におかしなところもなく,真っ当なことが書かれているカンバンであって,立派なものなんでした。書いた人の人柄もうかがえるようでありますね。

 奥のほうには正式な道路標識もあるわけですけれども,あえて自分でカンバンを作ったというのは「あんなのではダメ。もっと見る人の心にうったえないと」と思ったんでありましょうか。

 無味乾燥な標識を,言わば翻訳してくれているわけでありますね。そのうち,下のほうにある駐車禁止の標識も「車を駐車しない 生活道路 駐車禁止 近所の人が迷惑」とか書いてくれたりするんでありましょうか。
 さらに電柱の黄黒の縞模様も「キケン 電柱有り ぶつかると痛い」と書いていったりして,いつか街中ハリガミだらけになったりするかもしれないでありますね。


 某セルフうどん屋さんであります。「セルフうどん」っていう言葉もあらためて考えてみるとなんだかなぁという気もしますが。それはともかく。

 そのうどん屋さんがどうやら「蕎麦始めました」ということを主張しているようなんでした。いやまぁそれは別に悪いことでもなんでもなくお客のニーズに合わせているだけなわけですけれども,店長さん(だかなんだか)の心中を察するに,じくじたる思いがあったんではないかと思われてしまうんでした。

 この大きな「蕎麦始めました」を貼るときに,自分の歩んできたうどん人生を振り返ったかもしれないでありますね。

 貧しかった子どもの頃に,父親がいつも作ってくれた素うどん。
 その味が忘れられず,うどん職人になろうと誓った中学生のころ。
 父親が謎の失踪をし,高校を中退して本場讃岐で始めたうどん修行。
 厳しくも優しい,うどん仙人と言われたお師匠さん。きさくな四人の兄弟子。
 病床のうどん仙人の秘伝を盗もうとする組織,うどん教団の出現。
 教団の首領・うどん教皇率いるうどん十二使徒との戦い。
 戦いの中で倒れていく,兄弟子であるうどん四天王たち。
 絶体絶命のそのとき,まばゆい光を放ち輝く,母の形見のペンダント。
 ペンダントの輝きを見て,頭をおさえ絶叫する十二使徒のひとりユーダ。
 洗脳がとけて他の十二使徒を倒しながらも力尽き,倒れるユーダ。
 割れたユーダの仮面の下から見えた父親の顔。涙の再会。
 最期に教皇の弱点を教え,伝説の武器・草薙の麺棒を自分に託した父親。
 敵の本拠・うどん教団に乗り込んでの,教皇との最終決戦。圧倒的な教皇の力。
 死を覚悟したときに現れた,うどん四天王の幻。そして父親の幻。
 みんなの思いが力となって草薙の麺棒にあふれ,ついに倒れるうどん教皇…。

 という人生だったかどうかはわかりませんけれども,そういった苦労の末に作ったうどんがもうひとつ売れずに「蕎麦始めました」を貼らなければならなかった店長は,貼りながら泣いていたかもしれないでありますね。

 まぁ,チェーン店のようなので,特にそんな思いも無く「よーし!これからは蕎麦でかせぐぞー!」と思いながら貼っていたのかもしれませんけれども。

「火気に注意」は新潟市中央区・西船見町あたり。
「事故起したら」は新潟市中央区・花園2あたり。
「始めました」は新潟市西区・寺尾東2あたり。

※例によって,うどん店長の人生は私の妄想の産物であります。うどん仙人やうどん教皇,うどん四天王やうどん十二使徒,うどん教団は実在しない人物および団体であり,実際の店長とは関係ありません。たぶん。そういう名前を名乗っている人や団体はあるかもしれませんが。
 また,うどん屋さんの内情についても単なる妄想であって,実際にはうどんでウハウハ儲かっているかもしれませんので,気に触る方がいらっしゃいましたらごめんしてください。